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2006年6月11日 (日)

相手に伝えることの難しさ

「一度の通達で責任は果たせるのか」

社内全員に何かを伝達する場合、一片の通達で伝えたと言えるでしょうか。
人間は、1回聞いただけ(見ただけ)で本当に理解できるのか疑問に思っています。

子供を育てるときに、親や学校の先生は、同じことを何度でも言います。
でも、なかなか思うようにはいきません。

大人になったら、どんな高度な要求に対しても、一度で伝わるのでしょうか。

会社組織では、公式の場で一回伝えただけで、なぜか、伝えた側は免責され、
伝えられた側がその通りにできないと、叱責されます。
伝え方が徹底できていないからと、伝え手に責任があるなんてあまり聞きません。

セブンイレブンでは毎週、業革会議というものがあり、全国から担当者が直接東京まで
出向き、鈴木会長自らが、毎回訓示をします。何年も毎週続く会議で、手を変え、品を変えながら、同じことを言い続け、社内に方針を徹底させます。鈴木会長はそれでも不十分
だと考えているようです。毎週の訓話だけでなく、社内報や書籍を使い、同じことを言い続けています。

一片の通達でOKだと考えるか、鈴木会長のようにしつこく同じことを言い徹底を図ろうとするか、人間観の違いのように思えます。

私は、相手に動いて欲しいと思うなら、何度でも伝えることによって、「思い」を理解してもらわないと思います。
単純にこう動けと言うだけで、動くような人間は少ないのではないでしょうか。
人間は感情を持っています。
コンピュータなら、プログラムどおりに動くでしょうが、人間は、理解し、さらに共感しないと動けないのではないでしょうか。

相手に伝えるって、「思い」までわかってもらえないのではいけないと思っています。

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