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2006年9月30日 (土)

算数の発想

「算数の発想」  小島寛之

これは、面白い!久々の快感本。算数の問題もたくさん例が出てきてちょっと難しいけど、すごくわかりやすい解説で納得です。数学のようにxやyを使った代数ではない、算数のつるかめ算や旅人算などの考え方が、実は先端科学の考え方につながっていて、宇宙の膨張の発見から、アインシュタインの相対性理論の基本にまで話は広がります。

著者は、東大の理学部数学科を出て、数学者を目指し、数学を教えながら、現在は、経済学者になっている人なので、本書でも、算数の仕事算から、現代経済の成長や10年不況までをマクロ経済学で解説してくれており、まさに本書のクライマックス部分です。(ここをクライマックスと思うかどうかは、経済学部出身とか、株などで経済を勉強している人かも知れませんが)

内容をちょっと紹介します。

ガウスという天才数学者はご存知の方と思います(ガウス賞を先日、日本人が取りましたよね)。ガウスのエピソードで、10歳の時に、小学校で先生がちょっと休憩を取るために、「1から100まで足してみなさい」と言って、生徒に計算させようとしたところ、ガウスはほんの数分で回答をしてしまいました。今では、1から100までと、逆に100から1までを並べて、二つを足して2で割ることは、ご存知の方も多いでしょうが、こんなガウス算も、現代では意外なところで活用されています。

金融商品に詳しい方ならデリバティブ商品でリスクヘッジをしている場合に、例えば、現物株を保有していて、株価下落からその価値を保有しておきたい場合に、指数先物で売りポジションを購入して下落リスクをヘッジしたりしますよね。これって、まさにガウス算の考え方です。

次に私がクライマックスと感じた仕事算とそのバリエーションのニュ-トン算と経済成長理論についてです。仕事算の中学入試問題に次のようなものがあります。

「水の入っていない水槽に蛇口ABと排水口Cがついています。

    ABは開けてCを閉じると、6分で水槽がいっぱいになります。

    ABCをすべて開けると、9分で水槽がいっぱいになります。

    最初、ABは開けてCを閉じ、4分後にBを閉じてCを開けると、合計8分で水槽がいっぱいになります。

(1)水をいっぱいにしてから、ABは閉じてCを開けると、何分で水槽の水はなくなりますか。

(2)BCは閉じてAを開けると、何分何秒で水槽がいっぱいになりますか。」

受験でなければ考える気力が起きないようなめんどうくさいシチュエーションです。小学校で習う仕事算を理解しておかないと解けません。これは問題の込み入った状況を何らかの方法で整理整頓できるかが鍵です。ABが仕事をする人、Cが邪魔をする人で、その仕事量、邪魔する量を計算していくことになります。

もうひとつ大切な算数としてニュートン算があります。ニュートンが牛が食べる牧草と牧草が新たに生えてくる量を考えたことから名前で、これも仕事算の一種です。入試の例としては、「ある水族館では、開館したときに60人の行列ができており、その後毎分4人ずつ増えていきます。入場口が一つのときは、この行列は10分でなくなります。この入場口では、1分間に何人の入場ができますか。」このニュ-トン算を解くためには「なぜ行列がなくなるのか」に注目する必要があります。新たに人がやってくるのだから、単位時間当たりに新たに並ぶ人より入場できる人が多いから行列がなくなっていくのです。入場口の仕事量を考えると、60人を10分でさばけるのだから、1分当たり6人の仕事をしています。さらに1分間に4人ずつ増えてもそれをさばいているので4人の仕事量も加わります。だから、答えは10人ということになります。

仕事算は、もともとは経済社会をモチーフにした問題だそうで、経済学がこの考え方が生かされていることは何の不思議もないことで、経済成長理論がもっとも重視する指標の経済成長率はまさにこの考え方がでてきます。

本書で、目を見張らせるのは、この前まで日本がマイナス成長、つまり生産される富(仕事量)が前年に比べて減る、という歴史上まれに見る現象を解説してくれることです。経済成長率と仕事算、ニュートン算はどういう関係にあるかというと、「流入」と「漏出」のメカニズムがかなり似ていることにあります。マクロでみると、インプットした量より、アウトプットされた富の方が少ないと言うことです。

私たちは通常生産した富の大部分を消費しますが、一部は消費せず、とっておく部分があります。個人としては、将来や病気に備えて貯蓄に回します。みんな意識はしていませんが、消費されない生産物がストックされ、次なる生産のために活用されることになります。(個人からみれば、銀行に預金していたお金が企業貸出に使われ、投資という形になります)そして、この貯蓄=投資によって生産設備が拡充され、次年度の生産される富が増えることが経済成長です。

バブル崩壊後の2000年から2001年にかけて日本の経済成長率はマイナス0.6%とという驚くべき低水準でした。この原因については、経済評論家でもいろいろ議論されていますが、本書では、著者がうなったという理論を紹介しています。ここに仕事算の考え方が入っているのですが。

マクロ経済学者の林文夫とエドワード・プレスコットの論文の考え方です。林氏によれば、新聞や雑誌に掲載される景気低迷の論議は、およそケインズ経済学に依拠した需要の不足に原因を求めているようで、およそ3つに要約できるそうです。

第一は、クレジットクランチ説。これは不良債権を抱える銀行部門が金融仲介機能を果たせず、設備投資に資金が回らないというもの。

第二は、財政政策が十分に景気を刺激しなかったことに原因を求める説。

第三は、日銀の金融政策の失敗。三重野総裁のもとでなされた高金利政策の解除遅れに原因を求める説、です。

しかし、林氏はこれら3つとも不適当だとします。ケインズ経済学では需要の不足による景気低迷は、長期的に価格の調整を通じて解消されることになっていますが、ここまでの長期低迷は想定外です。また、政府も日銀は90年代には景気浮揚の政策を行っていますし、政府も景気刺激策を相当とっています。クレジットクランチ説も、投資が減退していないといけないはずですが、実際の投資は、対GDP比で80年代と変わっていないそうです。

それでは、果たしてその原因は。

林氏は90年代に起きた次の2つに注目しています。全要素生産性(TFP)の成長率が減衰したことと、1人当たりの労働時間が1割減ったことです。TFPというのは技術水準を表す指標で、これが大きくなると同じ仕事量で大きな生産量が実現します。90年代には何らかの理由でTFPが成長するスピードが遅くなったと考えています。また、1988年の労働基準法の改正で、休日が増え日本の労働量は約10%減っているとのことです。

(私見ですが、90年代の日本は、それまでの成功体験から逆に産業構造の転換やIT分野への進出の遅れやITを使った仕事の仕方がうまくできなかったので、生産性が伸びなかったのではないでしょうか)

林=プレスコットモデルを信頼するなら、国家の経済成長に重要な寄与をするものは、労働効率の成長率ということになります。要するに、労働者の技能や知識がどのように向上していくか、あるいは、同じ労働と資本からもっと大きな収穫を生み出すような技術革新や公共インフラや社会制度が同蓄積されていくか、それが肝要ということです。

算数の話から、経済理論へと展開しましたが、この本の面白さがわかっていただけましたでしょうか。

算数の発想―人間関係から宇宙の謎まで Book 算数の発想―人間関係から宇宙の謎まで

著者:小島 寛之
販売元:日本放送出版協会
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2006年9月24日 (日)

結婚がこわい

「結婚がこわい」 香山リカ

少子化が問題になり、政府も担当大臣を置いて、対策を立てていますし、個人的にも少子化には気になることが多くありました。特殊出生率が下がり続けていますが、平均して一人の女の人が、生む子供の数を減っているより、そもそも結婚する人が減っている要因が大きくなっています。

生涯非婚者集団が人口の中で大きく形成されてきています。 本書は、臨床精神科医である香山氏が実際の女性たちを分析しているのだろうと思い、一度読んでみたかった本です。

なぜ、結婚をしなくなったのかを探るために読んだのですが、個人の心の問題から社会や国家の問題まで、昔からある問題から現代ならではの問題やお金の問題までとにかくやっかいな問題点が明らかになっています。というより、やっかいだと言うことがわかる本です。

結婚ということが、現代では純粋に「愛」の問題ではなくなってきており、様々な足かせが大きくなり、結婚に踏み切れない女性が多くなったということが結論でしょうか。本来は、「この人と一緒にいたい」といった要素の優先順位が下がっているということでしょう。

実際に香山さんのクリニックでも21世紀になって、悩みの相談は仕事のことから結婚のことに変わってきているようです。仕事の問題の裏にも結婚が隠れているようです。 現在では30代で結婚しない人の割合は25%前後になるかも知れないといわれていますが、未婚者の約半数は絶対結婚を否定しているわけではなく「結婚はしたいけれど、いい人が見つかるまではひとりでもいい」と思っているそうだ。ただ、そう願っているうちに、40代になり50代になり、そして生涯非婚へという道をたどる可能性も少なくありません。
しかも、ここに、自己実現のためには独身でいる方が社会関係や人間関係構築に強くメリットを感じている層もいますし、自由な生き方や行動の自由、拘束されない時間のために独身のメリットを感じる層もいます。

さらに、独身なら家族扶養の問題や経済的裕福さにメリットを感じる層もいるわけです。 AERAでの独身者に対して、結婚に対するメリット・デメリット感を調べているそうです。メリットは、「好きな人と暮らせる」「悩みを相談できる」「寂しくない」などどちらかという抽象的なものが多いのに対し、でメリットは「自由が奪われる」「相手の親戚との関係」「人と暮らすのは疲れる」など切実なものが多いのです。デメリットには結構リアルな嫌悪感がありそうです。今や、「結婚するとこんなステキな生活がありますよ」と言った夢のうたい文句に踊らされる人はいないと言うことです。

逆に言えば、若い人にとっては、結婚は今や夢でも希望でもなく、「脅し」になっているといえます。 キャリアを持つ女性の問題も悩ましいものです。「理想は高くないし、条件らしい条件なんて特にない」といいながら「ただひとつだけ、私のことを理解して受け入れてくれる男性なら」と言う女性たちの、その「ひとつだけの条件」ほど難しいものは実はない。

高卒女性のほうが、自分の生活のために結婚をするのですが、四大卒ともなると、専業主婦となるのなら、安心して子育てができるような給料は必須な条件となってきます。この裏には、「恋愛、結婚」よりも「勉強・仕事」のほうが大切なこと、価値があることだと、ひたすら教え込んできた社会にも問題がありそうです。学生時代は「週末には外出しないで勉強しなさい」と言われ、社会人になって数年経つと「週末にデートする相手もいないの?」と言われる。

片や、親や教師のような身近な存在は、昔のように価値観を押し付けることなく、人生の選択にかなり理解を示すようになり、自分の人生は本人にまかせるという面も多くあります。 また、現在の母子関係も影響がありそうです。いつまでたっても親と子供がべったりで、子供を大切にしすぎて、親離れ、子離れができないため、子供がいくつになっても大切に何でも世話を焼いていることです。子供にとっては快適すぎて、女性にとっては、親と同じように大切にしてくれる男性でなくてはだめだと思ってしまうようになっているようです。

昔は結婚と言えば、イエとイエどうしの関係が強く、「親と結婚」の関係も強く、結婚する側の子供にとっては、親の意向が強く、「あんな男との結婚は許さない」と言われれば、あきらめて親の言うとおりの相手と結婚するか、親を捨てて駆け落ちするかであり、人生の選択には誰かが傷つくことになり、それでも自分で「仕方がない、これでよかったんだ」と自分に言い聞かせようとしたものです。ところが、最近は、親の方が「一緒にいてもいいんだよ」「あなたの好きにしなさい」というようになっています。 結婚については、経済的な繁栄もおおきく影響しているようです。(私のブログで人口減少の話をしたことがありますが、古代ギリシャでの人口減少も経済的な繁栄が結婚をしなくなった要因と書きました)現代の日本では、衣食に不自由することはありません。親から大切に育てられ、衣食の糧を得るための訓練なしに、いきなり自分のやりたいことを見つけて、思う存分やりなさいと言われても、たぶんどうしていいのかわからないのが当たり前でしょう。

その中で結婚するときに生活レベルを落とさないことを考えるのが当然となるでしょう。パラサイト社会の山田昌弘氏の調査資料によると、東京では、結婚相手に年収600万円以上を期待する女性は39%に対し、それに応えられる未婚男子は3.5%だそうです。これが秋田になると、600万円以上の希望女性13.6%に対し、実際にその収入のある未婚男性は、わずか0.9%だそうです。香山氏は結婚生活にお金がかかるから、またはお金がないことが、若者から結婚を遠ざけるのかといぶかしがります。

本当はお金がないことより、お金がなくなることへの不安や生活レベルがダウンすることへの不安が結婚を遠ざけているのではないかと分析しています。 ところが、最近、流れが少し変わってきている。OMMGの調査によると、「速く結婚したい」が2003年の新成人で11%だったのが、2005年では23.9%に増加している。OMMGでは、自分たちの上の世代を反面教師にして、早婚と出産願望が強まったのでは、と分析している。

ちなみに香山氏のゼミの女性(大学3年生)28人に調査してみたところ、そのうち22人は「なるべく早く結婚したい」と答え、「仕事をしてからそのうち」は3人、「結婚はあまりしたくない」は1人しかいなかった。香山は、「あなたたちは親の庇護のもと、比較的ぜいたくな暮らしをしている。結婚してもその生活を維持することはむずかしい」と話してみたが、「収入の高い男性を探す」と言った学生はほとんどおらず、専業主婦願望の強い学生は全員「それでも我慢する」と答えた。たとえ生活は苦しくても、働くよりも働かないほうがずっとラクだと言ったのです。つまり、「ラクにまさるぜいたくなし」とでも言おうか、彼女たちの中では「生活水準」維持以上に、「ラク」が価値を持ちつつあるのだ。このように、ゼミで観察されたように「社会にでるのはこわいから、たとえ生活水準が落ちてもいいから、誰かと結婚して食べさせてもらいたい」という若い女性が本当に増えているのなら、それは、「経済的レベルが下がるくらいなら結婚したくない」と女性が考えていた時代よりも、「不安」「恐怖」の程度がさらに増大した結果かもしれない。

現在、政府では、猪口大臣が奔走して、少子化対策に対する予算獲得に励んでいますが、少子化問題の根は、本書のような結婚問題と不可分の関係にあり、問題解決には相当根が深いものあります。

結婚がこわい Book 結婚がこわい

著者:香山 リカ
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2006年9月23日 (土)

資源インフレ

「資源インフレ」  柴田昭夫

原油、銅、アルミニウム、鉄鉱石、原料価格などの資源はここ数年高止まりしている。特に原油価格は、地政学的なリスクもあり、この夏は大暴騰したことは大きなニュースにもなり、ガソリン価格の上昇ということで我々の生活に影響を与えています。

今年の暴騰で最も先鋭化した原油市場は、4つの地政学的リスクの噴出によると考えられ、上振れリスクはありこそ、価格低下はなさそうにない。(915日でWTI価格は1バレル約60ドルくらいで、ここが底くらいだろう。またその他の資源についても、中東紛争の落ち着きや、米国経済の沈静化で少し下落気味ですが、世界的な大局的趨勢は変わっていないので、本書の分析に影響はないと思います)

現在の資源価格上昇の基調は、70年代の市況環境に類似しているとの分析があり、興味深いものがあります。

たとえば、ドル不安、米国の国際収支赤字問題、金やドルなどの国際的な資金シフト、米国の中東政策、金やドルなどの国際的な資金シフト、モノ作りをベースとした新興工業国の台頭(70年代は日本、現在は中国)、一次産品輸入大国の登場(昔はソ連、今は中国)、世界的な食料需給の逼迫、米国株価の調整局面入り、環境問題の深刻化(70年代は先進国・日本での公害問題、今は中国など)と、言われればあまりにも似た環境にあります。

資源インフレへの要因の中でも、特に注目するのは中国です。06年1月にジム・ロジャーズが公演の中で「中国は共産主義を自認しているが、その実態は世界最大の資本主義国である。しかもその莫大な人口の多くが勤勉で貯蓄率が35%に及ぶことから、短期的には紆余曲折があったとしても中長期的には成長を続ける」との見方を示しています。

中国の成長が続き供給より需要が大きいままである限り、商品価格は上昇する方向には違いないはずです。

特に中国の経済加速のスピードは幾何級数的なスピードと言えます。所得が爆発的に増えていますし、モータリゼーションの大きな波が来ています。住宅ブームも続くでしょうし、穀物など食料資源の輸入も世界的な脅威と言えるほどです。中国でも資源のメジャー会社を作りパラノイア的な活動をしています。

需要が大きく伸びる要因が目白押しにもかかわらす、資源供給産業はオールドエコノミーに属し、資源の採掘などへの設備投資もあまりできていませんし、エンジニアも不足しています。この分野は若手のエンジニアが入りたいという企業ではありませんので、技術の伝承もできていません。

また、現在のコーポレートガバナンスのあり方も、利益は株主に還元する方向に向き、中長期的な投資に向かえる方向にはなっていません。したがって、資源開発には、資源探索や採掘から採算に乗せるような運搬や流通の構築などに相当の時間がかかり、これへのキャッシュ投入は難しい状況にもあります。

翻って日本経済を見てみましょう。70年代の石油危機を契機に、日本経済は重化学工業による経済成長から加工組立型の経済成長へ、「重厚長大」から「軽薄短小」へと省エネ・省資源化を進め、その後もしっかりとこの体型を維持しています。日本の原油輸入量は、80年の2億5千万キロリットルから現在までほとんど増えていません。この間、実質GDPは240兆円から500兆円へ2倍になっていることから、GDP当たりの原油使用効率は2倍になっていることがわかります。また、円ドル為替も、過去25年間で2倍にきり上がっていることから、それだけ安く原油をかえることになっています。

世界的には中国の台頭などで需要が急増し、資源需給が逼迫するといった構造的な要因に根ざしているものである以上、原油が60ドルや70ドルというものは、もはや世界経済において「安い原油価格を前提にした成長モデル」、あるいは「環境に大きな負荷をかけた成長モデル」には限界が来ています。日本にとっても、資源価格が上がってしまって経済がよくなるということは言うまでもありません。

さらに現在では、9.11のようなテロの不安、イスラム原理主義、イランやイラクの問題、鳥インフルエンザやBSEの感染症の広がり、巨大ハリケーンの襲来など、世界経済に大きな不安を与える不確実性がどんどん大きくなっており、世界的に何が起こっても不思議ではない状況が生まれ、「何でもありの世界」の出現を高めています。

著者がこの分析をもとに、日本の方向性を示しています。

実は、日本が今までにやってきた成長モデルが、世界に向けた新たなパラダイムの転換を示すことができるとします。そのための切り口には、技術革新と地域経済協力による、①環境、エネルギー、食料など社会問題の解決、②IT・ネットワーク時代と高い資源に対応した産業・社会システムの構築、③急速に進む少子高齢化社会への対応として、世界に先駆ける形でのヘルスケア分野の開拓、である。

そして、今後の10年間が日本にとってのチャンスであり、団塊の世代とその前後の世代の約1千万人が開拓のパワーと情熱が必要だとします。

資源インフレ―日本を襲う経済リスクの正体 Book 資源インフレ―日本を襲う経済リスクの正体

著者:柴田 明夫
販売元:日本経済新聞社
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2006年9月18日 (月)

図解 よくわかる日本版SOX法

「【図解】よくわかる日本版SOX法」  萩原睦幸

会社でSOX法対応に首を突っ込むことになり、慌ててSOX法の勉強です。

そもそも、日本版SOX法とはなんだ? きちんとした定義も知らずに、会社の内部統制をちゃんとすることくらいにしか思っていませんでした。

2006年に商法が大幅に見直され、ばらばらに存在していた「商法の第2編」「有限会社法」「株式会社の監査等に関する商法の特例に関する法律」などを現代表記に改め、内容もわかりやすくして、5月に施行されたものが、(新)会社法です。

この会社法の中でもSOX法と同様、内部統制に関わるシステムの構築を義務付けています。ただ、この義務は資本金5億円以上の会社を想定しています。

(わが社では、まったくもって対象です)

また、金融庁では、2005年11月に「ディスクロージャー制度の信頼性確保に向けた対応」を公表し、12月にその第2弾を公表し、内部統制に関わる検証基準の明確化を企業会計審議会に要請しました。企業会計審議会では、内部統制部会を設置し審議を重ね、2005年12月に「財務報告に係わる内部統制の評価及び監査の基準案」を公表しました。そして、その後も審議が重ねられ日本版SOX法へとなっていくわけです。

日本版SOX法という名称は、いわゆる俗称に過ぎず、正式には「改正証券取引法」がこれに当たります。ただ、法律には基本的な大枠しか記載されていないので、法律の下位に位置づけられる「基準」や「実施基準」があります。「実施基準」は「基準」をさらに説明したガイドライン的な位置づけになっています。この実施基準は、3部構成となっており、「1.内部統制の基本的枠組み」「2.財務報告に係わる内部統制の評価及び報告」「3.財務報告に係わるに内部統制の監査」となっています。

そもそも内部統制なんてことが大きく言われだしたのは、米国での不正経理問題などからですが、最近の我が国の企業動向も反映しています。

現在では、成果主義や実績主義が台頭し、今までの戦後の経済成長を支えてきた終身雇用や年功序列が完全に崩壊してきており、大卒の新入社員も3年以内の離職率が30%を超えています。大学を出ても定職につけず、フリーターで生活をしのぐ人も多くいます。

その上、単純労働者には多くの外国人労働者が就労していますし、一企業に一生をかけたサラリーマンにとっては隔世の感があります。

このような状況を踏まえて企業内を見渡してみると、会社への忠誠心など願うべくもなく、社員同士の互いの協力やコミュニケーションなども満足に取れていないのが現実です。一昔前までは、社員なのか外部の人なのか人目でわかったものが、今や正社員、パート、アルバイト、契約社員、部外者が混在し、一目では見分けがつかないほど社内環境が激減しています。

(私の職場は、システム開発の部門で特にそうなのですが、前の席の人と両隣の人は、外部ベンダーやコンサルタント会社の人で、フロアでも社員かどうかを区別するのは、胸からぶら下げているIDカードの色だけです)

このように時代が変わってくると、人間の良心に訴えることが機能しなくなってしまいました。成果主義が主流となり、会社の人間関係はものさびしくなり、お互いが助け合うよりは足を引っ張り合うことになってきます。

つまり「性善説」では解決できなくなり、「性悪説」の観点に立って考えることも必要になってきました。

そこでどうしないといけないということがSOX法で謳われているわけです。

情報システム部門担当者の私としては、システムの面から本書を読んでいますので、システムよりの話をします。

日本版SOX法の目的は、「自社のプロセスを改めて見直すことにより財務報告の健全化をはかり、自社の経営の有効性を高めると共に一般投資家を保護する」ことにあります。

米国ではSOX法対応のために企業側が莫大な資金を投入したと言われています。これは、当初のISOもそうだったのですが、すべての作業には必ず何らかの手順書が必要であるとの噂が広まり、膨大な時間と労力をかけて、やみくもに手順書作成に取り込みました。ところが一時的な整理に役立ったものの、その後のシステムの実施・運用になるとその膨大な手順書が役立つどころか業務の足かせとなり、企業の経営に大きな支障をきたすものとなりました。すべてにわたり業務の細部まで文書化しすぎたために、ちょっとした変更にはまったく対応できない手順とか、手続きに融通性がなく社内がギクシャクし全体として官僚的になったなど、その評判は芳しいものではありませんでした。

今回の日本版SOX法も、ISO対応の二の舞を踏んではなりません。全部対応するのではなく、重点志向で対応することが効果的です。

それには、自社の業務の中で、財務報告に影響するプロセスを洗い出し、どこにリスクが潜んでいるかを特定し、そのリスクを軽減する管理策を立てることで十分に日本版SOX法はクリアできるはずです。

そこで、先ずやるべきことは、財務会計関連に絞って、「いったい現状のどのような業務がどのような手続きで行われているかを正確に把握することです。」また、そこでの責任と権限を見直すことも重要です。

みなさん、どうですか。少しは安心しましたか。

図解 よくわかる 日本版SOX法 Book 図解 よくわかる 日本版SOX法

著者:萩原 睦幸
販売元:日本実業出版社
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2006年9月17日 (日)

にっぽん60年前

「カラーでよみがえるにっぽん60年前」  毎日新聞社

昨年に発売された写真集で、是非手に入れたかった写真集でした。1945年から1952年前の日本を撮った写真集です。

60年前の日本列島は戦争の傷跡がいっぱいです。空襲の焼け跡、闇市に群がる飢えた人々。何よりもアメリカの占領下にあった日本。貧しい生活の中で少し明るい笑顔の写真もあります。占領軍のアメリカ人が日本でカラー写真を撮っていたのです。

私の小学生の子供に、この写真を見せて「ここは、どこだと思う?」と聞いてみると、「北朝鮮!」だって。

確かに!1946年の子供たちを撮った写真をみると、子供たちの顔はちょっと薄汚れていて、服はカーキ色で同じようなものばかりです。日本にもこんな時代があったことを心に残しておきたいと思わせる写真です。

私は1950年代の終わりに生まれているので、戦後すぐの風景を見たわけではありませんが、日本の、この写真集に出てくる風景を想像することはたやすいことです。しかし、1960年代から、一気に日本の生活様式がアメリカナイズされてきて、まったく違う国のようになってしまっているので、きっと若い人がこの写真集をみれば、現在の北朝鮮か、一昔前の中国のようにしか見えないでしょう。

貴重なカラー写真集です。

「にっぽん60年前」 カラーでよみがえる愛蔵版スティールコレクション Book 「にっぽん60年前」 カラーでよみがえる愛蔵版スティールコレクション

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トレンド記者が教える消費を読むツボ

「トレンド記者が教える消費を読むツボ62」 石鍋仁美

本書はここ数年の間に日経MJ(日経流通新聞)、日経マガジン、日経プラスワン、日経エックスなどに発表された記事を追加取材し、全面的に書き改めたものです。

毎晩、テレビ東京のワールドビジネスサテライトをご覧の方だと興味を抱いて読める本だと思います。トレンド雑誌では、日経トレンディやダイムの好きな方は是非読んでください。

大きく分けて、①街、②店、③新市場(ライフスタイルの提案)、④大衆、⑤マニア、⑥シニア、⑦若者、⑧サブカルチャーについて、62分野を紹介してくれます。

結構トレンドゲッターでも知らないことが多く出てくるのではないでしょうか。また、トレンドを知ることを楽しみたいという層にも最適な情報です。

本書を読んでいて感じるのは、あまりにも多様なトレンドです。大きな流れとしては、LOHAS系かなとも思ってしまいますが、一概にそうとも言い切れず、新富裕層の高級な遊び方から、金をかけた邸宅式ウェディング、果てはアキバ系まであり、読んでいてびっくりです。

現代の日本では「お店」は単なる商品配給所ではありません。市場ともちょっと違います。発見、交流、会話、帰属意識、居心地の良さ、安心・安全などを武器にした戦略が必要になってきています。スタバなどは家庭や職場にない第3の空間を提供しています。私のような本好きのためのブックカフェなども他では味わえない心地よさを味わわせてくれるのでしょう。

また、格差が問題になっている現代での多様性もあります。(これを多様性と読んでよいものか考え物ですが)バブル時代にはマル金、マルビが流行語になりましたが、21世紀の今日では、IT起業家や成果主義によるニューリッチ、スーパーリッチが新たなトレンドを作り出している一方で、年収が低くてもオタクなトレンドを作り出している。年齢も、アンチエイジングもあれば、年齢を超えたトレンドを作ってもいる。あえてシニア層向けのサービスと銘打っても売れていたり、Y世代の消費形態が変わってきている。

私は40代後半だが、車に関しても自分の好みにこだわってしまいます。でも若者世代は、機能を重視してこだわりがありません。

とかくこの世の流行りものを一人で押さえるわけにはいきませんので、本書でチェックしてみてください。

トレンド記者が教える消費を読むツボ62 Book トレンド記者が教える消費を読むツボ62

著者:石鍋 仁美
販売元:日本経済新聞社
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2006年9月16日 (土)

行動経済学

「行動経済学」-経済は「感情」で動いている- 友野典男

「経済人」(ホモ・エコノミクス)という特別の人々を知っていますか。

経済人というのは、超合理的に行動し、他人を顧みず自らの利益だけを追求し、そのためには自分を完全にコントロールして、短期的だけでなく長期的にも自分の不利益になるようなことはしない人々である。自分に有利になる機会があれば、他人を出し抜いて自分の得となる行動を躊躇なくとれる人々である。

これまでの経済学というのは、経済人を前提として考えられているのではないでしょうか。経済合理的な行動の結果、アダム・スミスの見えざる手が働くと考えられるはずですよね。

でも本当は、経済人のように超合理的な人間なんていませんよね。経済行動を感情や直感で決め、経済を直感で把握する例は数多いはずです。経済は心で動いていると言えます。

心と言っても、思いやりや優しさとか人間性で動いているというのではないのです。心は合理的推論や計算もするし、感情や直感も生み出します。

今日では、経済には感情や直感も重要な役割が重要な役割を果たしていることが次第に明らかになってきました。抜け目ない人々の合理的な損得勘定から、感情の役割も重視する方向への変化です。

「勘定から感情へ」という転換です。

本書では、経済行動学というタイトルですが、経済行動の背後にある心理的・社会的・生物的基盤を探り、経済行動学の基礎部分を書いたものです。ですから、実体経済についての記述はありません。

著者は、モニターへのいろいろな質問を通して、人間の判断がいかに合理的でないかを示してくれます。

本書の例を書いておきましょう。公正に対する判断についてです。

質問A:ある会社は少しの利益を上げている、その会社は不況地域にあり、深刻な失業はあるがインフレはない。その会社で働きたいと望んでいる人が多数いる。そこでその会社は今年、賃金を7%カットすることにした。(受け入れられる38%、不公正である62%)

質問A´:ある会社は少しの利益をあげている。その会社は不況地域にあって深刻な失業があり、さらにインフレ率は12%である。その会社で働きたいと望んでいる人が多数いる。そこでその会社は今年、昇給は5%しかないことにした。(受け入れられる78%、不公正である22%)

上の質問は、実質賃金は明らかに同じですが、それにもかかわらず公正に対する判断は反対です。

本書では以上のような例が次々と分野ごとに示されていきます。

合理的な推論や冷静な計画による決定が必ずしもうまくいくわけではないということです。

より良い意思決定のために重要な役割を果たしているのが感情だということが、最近の心理学や脳神経科学の発展により明らかにされています。

私たちは、子供のころからずっと、「感情的になるな」「冷静に判断しろ」「情に溺れるな」などと教育されてきました。また感情が合理的な判断や決定の障害になる事例を挙げるのはたやすいですが、まさか逆に感情がなければ合理的な決定ができないなどとは考えてもみなかったかもしれない。経済学を勉強した人でも、教科書や授業で感情に言及されることはないでしょうか。しかし、件年、心理学者のロバート・ザイオンスらの研究を契機として判断や意思決定における感情の持つ役割の重要性が評価されつつあり、さらに神経科学者たちによって感情の持つ積極的な役割、すなわち感情がなければ適切な判断や決定ができないということが解明されつつあります。

本書は少し経済学の本道とは外れますが、マーケティングを勉強する人(人間の行動を知りたい人)には役に立つかもしれませんね。

行動経済学 経済は「感情」で動いている Book 行動経済学 経済は「感情」で動いている

著者:友野 典男
販売元:光文社
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2006年9月15日 (金)

LOHASに暮らす

「LOHASに暮らす」 ピーター・D・ピ-ダーゼン

LOHASという言葉は、今、確実に日本では流行しています。それは流行なのか、それとも、徐々に生き方として定着してきているのでしょうか。

その前に「LOHAS」の本当の意味や姿を知りたくって本書を読んでみました。

LOHASはご存知の通り、「Lifestyles of Health And Sustainability」の略ですが、アメリカで生まれた造語です。

アメリカでは、1980年代から社会学者のポール・レイが、市民層の意識や価値観の調査を行ってきました。15年間の調査の結果浮かび上がってきた層のひとつがそれにあたります。ぽーる・レイが2000年に上梓した本(カルチュラル・クリエイティブス)で、アメリカ人の26%が新しい価値観や世界観を持った層に属しているとしました。しかし、その新たな価値観を持つ人々は自分たちと同じ価値観を持つ人々は5%くらいだと考えており、マイナーな存在だと考えていたようです。ところがその本に共感を持った社会運動家の中で支持を得て、エコ商品を販売するジルカ・リサビとブレストを重ねた結果、コンセプトとして最も語感がよく、意味も言いえて妙だということで意見が一致したのがLOHASだったのです。

LOHASが登場する以前も、環境を志向するという意味では、「エコ」や「グリーンコンシューマー」というものがありましたが、何が違うのでしょうか。

グリーンコンシューマーはストイックな生き方を選び、多くの人に受ける発想ではありませんでした。まt、一人の力に対し無力感を持つこともありました。

ところが、LOHASは、もっと利己主義的で、自分から発想し考えていくスタイルをとります。現代社会で暮らしている以上、どんな人でも消費するものだから、頭からそれは否定しません。ただ、安易にキャッチコピーに流されることなく、ひとこだわりしようという意識を持って買う。どんな企業が、どんな方法で、その製品を作っているのか。対象は、無農薬・無化学肥料の野菜でも、オーガニックコットンのTシャツでも、自然素材の建材でも何でもいいのです。

今まで自分はグリーンコンシューマーではないが、じゃあいったい何だろうと思ったとき、そこには答えがなかったのですが、LOHASというコンセプトが答えを持ってきてくれました。

最近、LOHASという言葉が使われるたびに、おしゃれなエコというイメージを持ってしまいますが、LOHAS志向の人々は社会意識が高いといわれています。自然エネルギーや貧困や不平等、人権などといったさまざまな社会問題に対する関心が高いのです。

LOHASが内包する課題としては、(1)人々の健康問題 (2)地球規模の環境問題 (3)グローバリゼーションの中での貧困(南北問題)、があります。LOHASはこれから先の時代に避けては通れない3つの大きな潮流を内包しているのです。つまり、心身の健康に気を配ろうと思ったら、その地点だけにとどまっていては解決できないから、必然的に自然環境や社会問題に意識を向けざるを得ない。自分の健康の延長線上の同じ地平に、自然や社会、地球の健康がつながっていると感じているのです。

2050年には地球人口は約90億人前後となると見られています。現在、裕福な人々はたった10億人だと考えられており、2050年にはさらに80億人もの人々の豊かな生活を実現しなければなりません。そのためには、これまでの否定形の「エコ」ではなく、提案型の「LOHAS」が有効になると著者は考えています。

20世紀までは、「市民的エコロジー」と「企業的エコノミー」は対立すると捉えていました。しかし、現代では、市民のLOHAS的ライフスタイルへの憧れと企業のLOHAS的ビジネスの追及がオーバーラップし始めています。

いまや企業も一方的に「これがLOHASだ!」という売り方ではなく、受けてである生活者からの共感などが得られるために生活者参加型のマーケティングを行うようになってきました。昔のエコのようにアンチ企業的なコンセプトは多くあったはずですが、LOHASは市民と企業双方の視点にたった価値観であり、新しい関係性を次々と生まれていく可能性を持ちます。

LOHASが流行る背景としては、何といってもライフスタイルの多様化があり、世の中がモノの豊かさから心の豊かさへ移行してることが伺えます。市民の中にさまざまな価値観が広がり、かつてと同じモノサシでは通用しなくなってきているのです。

LOHASは、年齢や収入、職業といった「外観」で消費者を捉えるのではなく、「価値観」で生活者を見ていきます。

人々は、単なるモノではなく、自己実現するための生き方を可能にする商品を求めています。LOHAS層は、モノと企業姿勢をセットで購入するのです。

持続可能性で豊かな将来をつくるには3つの車輪があります。前輪は、価値観やマインド、意識の変化。後輪の右には、技術やツール、テクノロジーの変化。後輪の左には、仕組みや制度、ビジネスモデルなどシステムの変化。これらすべてが同時に絡み合って初めて、サステナビリティの橋のブロックが積み重ねられていきます。今、私たちが行うべきは、この橋を作ることです。

今から10年ほど経てば、日本の社会でもLOHASという言葉そのものは影をひそめ、そのかわりLOHAS的なモノやサービスがいたるところで標準化しているのではないか。

LOHASはすっかり世の中に浸透し、普通の選択肢になっているでしょう。

LOHASに暮らす Book LOHASに暮らす

著者:ピーター・D. ピーダーセン
販売元:ビジネス社
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2006年9月10日 (日)

仕事力

「仕事力」 朝日新聞社

私事だが、ちょっと仕事で落ち込んだというか、現在やっている仕事が自分にあっていて評価されるものなのか悩んでいるときに本書に出会った。皆さんそれぞれに仕事への取り組み方や仕事に対する考え方は違うと思いますが、誰もが知っている有能な経営者の仕事に対する考え方を読み自分を振り返る機会を作るのはいかがでしょう。

本書の初っ端は大前研一です。ちょっと鼻につく人もいるかも知れませんが(私も特に好きではないのですが、説得力のある考え方にひかれて本を買ってしまいます)、本書でも良いことを言っています。

「すべては面白い仕事である!」と。

「面白い仕事をしたい。自分にあった仕事をしたいと多くの人は言うが、本当に面白い仕事とそうでない仕事があるのか。私は違うと思う。どんな仕事からも必ず学ぶべきことがある。だから様々な体験を自分に滋養として与えてやるほうがいい。

ひどい上司に当たったときもよく観察して、ケーススタディに使用と言います。

「与えられた仕事は文句をつけたり拒んだりすべきではない。すべてはチャンスだ。せっかくいやな仕事をやり遂げるのだから、自分は必ずノウハウを手にしてやる、と心に決めて取りかかっていけばいい。できればこの仕事からは、これとこれを学べたと分析して文字に残しておくことをすすめたい。」

「ひとつの仕事を達成したら、たとえどんな小さな業績でも自分なりの能力が増えたことになる。仕事で成長したことになる。それは必ずやりがいにつながっていく。良い上司に巡り合えたら、逆境の中で成長するチャンスがない、というくらいの発想が必要だ。」

「人間は、土壇場に立たされ追い詰められたとき、どうしても自分と向き合わなければならない。あきらめ、絶望し、怒り、さて本当にどうしたんだオレは、と考える。よく、水に落ちたら底まで沈んでから地面をければ浮上するという。真実だろう。沽券や虚勢を静かに突き抜けよう。」

以上、大前の言葉のうち、今の私の心にしみこんできたものを抜き出しました。今まで自分に合った仕事をしたいとか、面白い仕事をしたいと思っていたのですが、その考え方が跳ね返されたと同時に、ちょっと負けずに頑張ろうという気になってきました。

本書に登場してくる人物は素晴らしい方々です。建築家の安藤忠雄さん。IYグループの鈴木敏文さん。私が一番尊敬する人物兼経営者の稲盛和夫さん。林文子ダイエーCEOなどなど。みなさんが、仕事に対する考え方を真摯に述べてくれています。

現代の弱肉強食の社会では言えば気恥ずかしいと思うようなことを堂々と説かれます。まさに、こういう方々が日本を支えていることをうれしく思いますし、世間の風潮に流されず、正しいことは正しいと言える勇気を与えてくれます。

始めに記した大前の言葉以外にも心を打つ言葉がたくさんありますので、その中から少しだけ紹介しておきます。

(資生堂社長 福原義春)

「企業にとって能力主義はある程度必要です。しかし、の応力や成果は万能ではない。人間にはほかにもいろいろな特性が備わっています。リーダーシップや、更新の能力を開発する力。中間管理職としての人徳も当然あるべきだし、社長ならカリスマ性もあるかもしれない。単純に数字にしたり履歴書に列挙したり出来ない豊かな資質が存在します。器量ともいいますね。営業の数字に直接関与しなくても、その人は報酬を支払うに値するプロフェッショナルなのです。人事はそこを見誤ってはならない。」

(佐々木毅 元東大総長)

(学生への言葉)「就職したらスペシャリストではなく、プロフェッショナルを目指して欲しい。スペシャリストとは、与えられた問題を自分の持っている技術で解決するだけの存在でしかない。しかし、プロフェッショナルは、問題そのものを発見する能力と解決する技術を併せ持つ存在です。あなたが、どの分野で、どのようなレベルの仕事についても、そこで見えない問題を浮き彫りにする力。マニュアルを超えていける能力。それを粘り強く、そしてずっと鍛え続けていって欲しいと思います。」

(中略)「今や、どの組織も完璧なままではあり得ない。職を解かれたり、就職が思うにまかせなかったりしたとき、やはり深く傷つくものですが、それは自分の人生での決定的な挫折だなどと考えることはありません。・・・ひとつの大きな挫折でその後の人生が真っ暗闇になってしまうという理解。でも人生はそんなに単純なものではありません。我々は一人ひとりが様々なところでポロポロと挫折するという、細かく微分化されたプロセスに入ってきたのです。それは週d何現象から個人現象になってきたとも言える。あなたの人生に起きる出来事を挫折と呼ぶかどうかまで、あなたが決めることです。しかし、もし失敗と思ってもキレないこと。そこからまた次の可能性へつなげていく生命力を、人は必ず備えているからです。」

(塚本能交 ワコール社長)

「好きな仕事に出会えないと嘆く人の言葉をよく聞きますが、それは探し方を勘違いしているのかも知れません。好きな仕事とは、自分の趣味や好みを生かすというような狭いものではない。自分が楽しむための労働ではありません。どのような人に対して、自分の力で何をしてあげたいかを捜し求めることだと思います。」

(中略)「人はなぜ仕事をするのかと言えば、報酬を得るためだけではなく、自分の誠意を役立てるため。私は本気でそう思っています。それはきれい事だと笑うようなら、あなたはまだ、あなたの仕事に出会っていない。

(稲盛和夫 元京セラ会長)

年功序列が揺らいでいることは事実です。しかし、だからと言って成果主義に飛びつくのは、日本人の文化や仕事の風土をあまりにも知らなさ過ぎる。経営者も従業員も、短絡的に成果主義のような流行に振り回されて右往左往してはならないのです。

人が持っている力は大きい。さらに言えば人が働こうとする意志や頑張りの力は本当に大きいものです。会社が追い込まれ、人員整理をする前に、企業の中で切り捨てるものはほかにないのか。土地や設備や、考えられる限りの経費を抑え、たとえ厳しい状況でも働こうとする人材の意欲を残す手はないか、徹底的に検討すべきでしょう。

企業経営が難しくなったとき、給与は下がるがなんとか会社に残って私に力を貸して欲しいと誠心誠意、従業員に頭を下げる方法もあると思います。経営陣の給与も削って共に苦境を乗り切る発想は決して古くないし、非合理的でもありません。」

(中略)「競争の激しい、弱肉強食のビジネス社会にあって、私たちはすぐに目の前にある利益や目標を必死になって追い続ける姿勢になりがちです。それは毎日食べていかなければならないのだから当たり前でしょう。しかし、精一杯やるということはもちろん大切なことですが、この仕事は何のためにやっているのかといつも自問自答して欲しいと思うのです。

あなたの能力と時間を注ぎ込み、人生を費やしている仕事は人の役に立つのか。人を幸せにすることの一端を担っているのか。その仕事の原点に立ち返ることを忘れずに努力して欲しい。私は今日まで多くの仕事人を見てきましたが、成功を収める企業人に共通しているのは、「利他」の心をいつも秘めているということでした。」

(林文子 ダイエー会長)

「社長業で最も大切なことは、共に働いている社員を幸せにすることです。あなたは部下とのコミュニケーションを大切にし、セールスはいきいきとして業績を伸ばしている。それこそが私の求めているものです。」

「私は、各支店長によく「心を使っていますか」と尋ねます。どんな小さなことでも気づいたら言葉にしてコミュニケーションを図ることです。管理職の能力として上位に来るのはコミュニケーションの力だと考えています・・・」

本書にはまだまだ数々の経営者の考え方が出てきます。

日本経済は最近順調に回復しているように思えますが、そこで働く我々は順調に明るい未来が見えているでしょうか。まだまだ閉塞感の中で働いているのではないでしょうか。また、景気回復の傍らで挫折を味わっている人も多いと思います。かく言う私も閉塞寒があり、プチうつになったりで、本当に働くことの意味を見失っていました。本書に出会えて少しほっとしています。

仕事力 Book 仕事力

著者:朝日新聞広告局
販売元:朝日新聞社
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2006年9月 9日 (土)

デフレは終わるのか

「デフレは終わるのか」 安達誠司  (東洋経済新報社)

最近は、CPI(消費者物価指数)の前年比プラスが続き、そろそろデフレ脱却かと言われだしました。

本書は、2005年の初めに出版された本であり、2004年までのデータに基づきデフレ脱却の可能性について述べています。著者は大和総研、クレディスイスなどを経てドイツ証券でエコノミストをしている方です。

現場を知りながらも、本書では、昭和恐慌時の政策や世界大恐慌時の米国の政策を良く調べてあり、現在の日本のデフレ脱却の可能性を調べています。

2004年末といえば、日経平均は1万円から1万1500円くらいの水準です。また、その当時のトピックスと言えば、りそな銀行を破綻させず、税金の注入によって生き延びさせ、世間にハードランディングはしないというようなメッセージが伝わり、株価が持ち直した頃のはずです。

本書は、現状を知るためにも、良い資料を提供してくれています。

戦前の恐慌時の経験からすると、デフレ解消後にはインフレ加速はせず、長期金利も急騰しなかったそうです。

巨額の経常黒字から対外債権国であるという現状を考えると、国債が暴落する可能性は低い。

デフレが解消し、マイルドインフレになり、プライマリーバランスが取れれば、国債の暴落リスクは極めて少ない。

2002年ごろに「なぜ日本はデフレに陥ったのか?」という問いには、中国など新興工業国の台頭によって、経済のグローバル化が進み、世界中から安価な製品が大量に国内に流入すると言う「100年に1回あるかないかという革命的な経済構造の変化」が起こったという主張があった。

しかし、2003年末の統計資料からみると、中国からの輸入が国内経済に占めるシェアは1.8%と低く、日本全体をデフレに陥れるという事態は想定しにくい。(たぶん、今の方が中国の影響は大きいですよね)

著者は、バブルの真因については、「マネー」であったとします。(たしかに、政策当局のバブルつぶし、日銀の鬼平衛による締め付けはすごかったですからね)こうした湖上名金融の引き締めは、土地を担保として多大な金融機関借り入れをしていた企業(不動産、建設、ノンバンクなど)の返却不能債務を増加させ、不良債権問題を深刻化させました。企業サイドからみれば、企業存続のためには、債務返済を優先させなければならい状況に追い込まれ、前向きな設備投資や研究開発ができず、日本経済全体の需要を冷え込ませました。これが各企業に波及することで、今度は雇用の削減によって、事業規模を縮小させなければならなくなり、ますます日本経済の需要を縮小させ、一般物価の下落を引き起こすことになってしまいました。一般物価ベースでのデフレが始まると、企業としては、販売価格の下落が止まらず、売り上げや】収益の見通しが立たなくなります。そうすると不動産などのバブル企業でなくても、事業拡大に向けての前向きな投資のために借りた資金の返済もできず、不良債権となってしまうという悪循環が生じます。

このように「失われた10年」は、多くが金融政策の失敗によってもたらされた側面が強いのです。

こう考えると、今回のデフレは構造的で現象で、不可避な運命的な社会現象と捉えられることがありますが、これはただの経済現象であり、適切な政策発動があれば克服可能なものであったと言います。

最後に、著者のまとめとして、「デフレは終わるのか」についてまとめています。「デフレはいずれ終わる。そして現状もその時に向かって歩んでいる。しかし、そう簡単には終わらない。完全決着までにはなお時間を要する。」

完全決着に必要なことは、「①デフレ以前の物価水準までリフレ政策モードを解除しないこと。②1992年ごろの税収を推計しそれに見合った財政政策を維持する。③その水準に達成した場合に「出口政策」(インフレターゲットなど)をアナウンスしておくこと」と言います。

みなさん、2006年の夏に読んでみて、違和感はありますか。デフレになった理由などは昨今あまり述べられなくなりましたが、デフレから、やっと出そうなときにこそ、過去の反省をしなくてはならないのではないでしょうか。

デフレは終わるのか Book デフレは終わるのか

著者:安達 誠司
販売元:東洋経済新報社
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2006年9月 3日 (日)

メガトレンド2010

「メガトレンド2010」 (パトリシア・アバディーン)

本書の書評を読んでいただく前に。

株主重視の資本主義をグローバル化として当然のことと考えていたり、株主資本主義により競争が現代社会ではやむを得ないことと考えている方は、本書は何の示唆も与えてくれないでしょうし、読むだけ無駄です。

資本主義がさらに新しい時代に入っていくのではないかと考えている方は以降を読んでください。

著者のアバディーン氏は女性なので、男性の私からみるといかにも女性が書いた著書だと思ってしまいます。男性の弱肉強食、思いやりの少ない世界とは少し違うと言う感じです。私はこれがまったく悪いことではないと思っています。本書を読んで、今までが異常であったと感じざるを得ないのです。多くの女性管理職や起業家が誕生してきましたが、人類の半分を占める女性の感性がビジネスの世界にも必要だと思います。

生き馬の目を抜くビジネスの世界に本書では「精神性」や「高い意識」という言葉が何度も出てきます。別に資本主義を否定しているのではなく、さらに現状の資本主義を超えた「意識の高い資本主義」を唱えているのです。

メガトレンドと銘打っているだけに、一時的なブーム(弱肉強食の現代資本主義)ではなく、真に社員や顧客(株主も)が満足できる大きなトレンドを示唆しています。

この流れをつかめるのは、女性の感性を持った著者が当然の帰結であると思われます。

また、本書を日本に伝えるために翻訳をしているのが、経沢香保子(トレンダーズ代取)であることは象徴的なことです。

内容を紹介しましょう。

「人間の意識なくしてビジネスに創造はない」といいます。意識は今や、資本、エネルギー、テクノロジーのような現世の財産と同じくらい、ビジネスにとって貴重なものになっているとします。

最も注目すべきメガトレンドは「精神性(スピリチュアリティ)です。精神的なものを包含していると著者が考えているものとして、①意味と目的、②思いやり、③意識、④貢献、⑤幸福、です。どの言葉にも共通しているのは、目に見えないものから来ていて、目に見えないものを大切にしていることです。

ミルトン・フリードマンは、「ビジネスの社会的責任は利益を増大させること」と明確に述べましたが、今や資本主義の「意識」の分岐点にあり、これまでの資本主義の払った代償に気づいてきているのではないでしょうか。その流れを受けて、結果的に「意識の高い資本主義」を追求する姿勢、つまり誠実さ、透明性、賢明な統治、そしてよりよい高い社会環境基準を追求しようという姿勢が勢いづいて来ています。今、新しい、より賢い資本主義が生まれつつあります。私たちが大切にしている価値観と利益の創出が両立する資本主義です。意識の高い資本主義が意味しているのは「何が何でも利潤を追求する」という(筋が通らないのはもちろん)意識をもたない哲学の耐え難い代償に私たちが気づきつつあるということです。

意識の高い資本主義は、社会、経済、そして精神の三つをダイナミックな基盤とする、自由企業を変革する動きなのです。

メガトレンドとして外せないのは、LOHASです。これは前代未聞の巨大市場になるはずです。資本主義に高い意識が入ってくるように、消費者も高い意識をもってロハススタイルを生み出しているのです。ロハスの9割は、自分たちと価値観を共有する会社、あるいは自分たちの価値観を反映している会社から買うことを好んでいます。

かつて従来のアナリストは、ハイブリッドカーに経済的側面から、ハイブリッドカーの支払うプレミアム価格から人々は慎重になると予測していました。しかし、意識の高い消費者は、ハイブリッドカーを何ヶ月待っても購入しだしました。米国では、ハイブリッドカーを出しているトヨタ、ホンダ、フォードはシェアを伸ばしま

すが、ハイブリッドに懐疑的で生産を躊躇したGMはシェアをダウンさせました。消費者の高い意識が単なる価格で選ぶことから、意識に対してコストを払うようになり、消費者の高い意識についていけなくなった会社は利益も上がらなくなってきているのです。

企業内にも「精神」(スピリチュアル)を大切にする企業が増えてきています。朝から夜まで馬車馬のように目の前のことをこなすのに精一杯になってきている現状です。(リストラなどで、人を削減し、その分生き残った社員が大量の仕事を抱えてしまっているのは米国も日本も同じです)米国では、社員に瞑想の時間を取ったりして、精神を安定させ、また日常から離れることによって、仕事全体を俯瞰できる精神を持たせるようにしている会社が出てきました。一見、膨大な業務量を抱えている社員に瞑想の時間を作るとは生産性を低下させるように思えますが、事実は逆であり、生産性が向上したり、離職率が低下したりしているようです。精神性を要請することは、その個人だけのものではなく、たとえそれ自体で素晴らしいものであっても、ひとたび最高の訓練がなされれば、精神は業績や株主の価値観を後押しするのです。

最後に、大上段ですが資本主義のありかたについて語ります。自由企業が成長するためには、増大する市場が必要になります。発達した世界の成熟経済は穏やかな成長の可能性しかもたらしません。そこで第三世界の繁栄を促進することが必要です。それは搾取では繁栄をもたらしません。政府間の援助も汚職にまみれています。

意識の高い資本主義による企業活動が必要となるのです。そして私たち自身には資本主義をよりよく変えていく力があるはずです。自分の年金基金に要求したり、ショッピングはフェアトレード商品を買うとか、同僚に敬意を払う、そして導く、などなど。

われわれは真実を受け入れるために心を開くべきです。時は移り変わっています。

企業の「ゲーム」は終わりです。自由意志の名のもとに精神が認めたもの、つまり資本主義の影の部分である貪欲や不正行為は今や明るみに出ています。

しかし、誰もそれを望みません。なぜなら、あまりにも犠牲が多すぎるからです。それは本来の自分ではないのです。

ビジネスで精神性を探求する時代なのです。

******************************

「精神的な満足」と「経済の効率性」の美しい両立はあるのです。

ビジネスパーソンが実は心の奥深くでは気づいていたけれども、触れてはいけないと思っていたことが、本書では語られています。

本書はこれからのあるべき資本主義を語っています。最初に女性らしいというようなことを述べましたが、奴隷のように働いている男性からは言いにくかった心の叫びがここに語られているような気がします。

本書の書かれた新しい資本主義を無視すると、相当痛いしっぺ返しがくると思います。

メガトレンド2010 Book メガトレンド2010

著者:パトリシア・アバディーン
販売元:ゴマブックス
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2006年9月 2日 (土)

萌え経済学

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「萌え経済学」 森永卓郎

萌えやオタクを一番熟知している経済者(?)の森永氏の名作です。誰でも、「萌え」が流行っていることは知っていても、本当に「萌え」を説明できる人は少ないのではないでしょうか。森永氏はご自身でもくだらないもの(失礼!)を蒐集しているコレクターですし、自ら秋葉のメイド喫茶にまで行くような人ですから、萌を勉強するには最適な本です。

「萌え」とはいったい何なのでしょう。

「萌え」とは、アニメなどのキャラクターに恋をすることだ。恋をするというのは、単に好きだということではない。キャラクターに対し、まるで人間と同じように恋をするのだ。人は恋なしには生きられない。これまでも無数の人が恋に生き、恋に死んでいった。しかし、人類の歴史のなかで、初めて人間が生き物でないものに恋することを始めた。それが萌なのである。

萌えがうまれた背景には2つあるといいます。

1つは供給側の要因です。日本のアニメは1990年代半ばまでに4つの点でリアリティを獲得して行った。

    戦うあるいは働く理由として「愛する女性のために」という理屈付けを開発したこと。

    女性はわがままで気まぐれな存在で、そう簡単に男性の思い通りにならないという事実を受け入れたこと。

    肉体的に触れ合いがなくても、遠くからそっと眺めているだけで心の触れ合いによる恋愛は成立するという原理を取り入れたこと。

    漫画のような単純な描画から、肉体的な接触から得られるのと同じ性的興奮を引き出したこと。

2つめは需要側の要因です。

一方いくら恋愛の対象となるキャラクターが育っても、実際にキャラクターに恋をしようとする人が現れなければ萌えは誕生しない。しかし、近年の日本には、萌えに走らざるを得ない男性たちが急増しているのだ。それは終身結婚制と終身雇用制の崩壊が原因である。ほとんどの人は性的関係を持つパートナーを欲しがる。しかし、恋愛はそもそも弱肉強食だ。男性も女性も美しい魅力的なパートナーが欲しいのだ。逆に言えば、魅力に乏しい人は、市場原理に任せておくと、一人もパートナーを得られないことになる。(昔は見合い結婚制度があり、適齢期になると自動的に性のパートナーが得られた)

現代は金融ビッグバン、労働市場の流動化、規制緩和などで市場原理が浸透し、実質賃金が増えたのは2割だけで、6割は実質賃金が下がってしまった。勝者が独り占めになったのである。実は同じことが恋愛や結婚の世界でも起こっている。

今では女性の職場進出で自立を果たし、結婚に依存しなくてもよくなった。また、終身雇用が崩れたことで、女性にとって自分の人生を男性の雇用に頼れなくなった。そんな男性に自分の性愛と相互理解を託すなど危険になってきた。さらに、結婚のなかにすべての愛と幸せがあるというマインドコントロールが通用しなくなってきた。性愛には性愛だけのベストパートナーがいる事実に気づき始めた。

この環境変化によって結婚できない男性の増加が明確に現れてきた。30代前半の男性の未婚率は1980年には22.8%だったものが、2000年には45%に達している。全国を先取りしている東京では55.7%に達している。

時代の環境が大きく変化しているが、恋愛のパートナーが欲しいという欲望はなくならない。そこで崖っぷちに追いつめられたイケメンでない男たちが気づいた究極の選択肢が、キャラクターに恋すること。萌えなのである。

みなさん「萌え」をキーワードに使いますが、もともとは「燃える」という言葉の漢字変換で誤って出てきた「萌える」が徐々に広まってきたといわれている。オタク、フェチ、変態といった差別的な言葉を投げつけられてきたマニアたちが「萌え」という言葉を得て、これまでとは異なる新しい文化の世界を創造し始めています。

フィギュア萌え、メイド萌え、ドジッコ萌え、ナース萌えなどさまざまな萌えが存在する。ただ、萌えがフェチや変質者と決定的に違うのは、そこに性的行為とか暴力とかが一切存在しないのだ。萌える人々は、社会のルールを守り、どこまでも控えめでおとなしく、萌えの対象をただ遠くからそっと眺めているだけで満足してしまう。パステルカラーのニーズが「萌え」の特徴なのだ。

本書では、萌えに対する誤解を解いてくれるのではないのでしょうか。いくらがんばっても女性に相手にされない男性はいくら努力しても無駄だと悟ってしまうのだ。彼らは必死に考えます。そして結論を出すのです。「電波男」には「二次元だっていいじゃないか。オタクだもの。」という言葉が出てきます。単にキャラクターを人間の女性の代わりにするということではありません。人間の女性への興味を捨てて、キャラクターそのものを本当に心から愛するようになっているということなのです。

そんな馬鹿なと思われるかもしれないが、女性に相手にしてもらえない極限状況の中で愛の対象を切り替えることは実際に可能なのです。人間の脳は、その切り替え能力を持っているのです。

本書で「萌え」について知れば知るほど、切なくなってきます。時代環境や経済環境が変化してきた結果でしょうが、やはり違和感を覚えます。本来、人間は男と女で、愛し合い協力することなのではないでしょうか。でも格差社会が叫ばれている現代でなぜか無力感を覚えます。

最後に言っときますが、本書は萌えとは何かを教えてくれるだけじゃなく、タイトルどおり萌え産業やネット市場に渡るまで経済的視点を与えてくれます。

萌え経済学 Book 萌え経済学

著者:森永 卓郎
販売元:講談社
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日本ブーム

前回のこのブログで「クール・ジャパン」を紹介した。

さらに、日本文化の浸透振りを目にしたので紹介する。

1.中国での外国アニメ禁止

昨夜(9月1日)のNHKニュースウォッチ9を見ていたら、中国でゴールデンタイムに外国アニメの放送が禁止されたとのこと。ニュースの中では、「テニスの王子様」に夢中になる子供が映っていた。外国アニメ禁止といっても、そのアニメはほとんどが日本製である。つまり、日本カルチャーの禁止ということだ。

これは、単に日本嫌いだからということではないでしょう。アニメなどのコンテンツ産業の自国の育成を図っているのだと思います。中国政府は、コンテンツ産業が今後伸びると考えているでしょいうし、現在推進している重化学工業だけでは世界に覇を唱えられないとわかっているのではないでしょうか。

今年の夏に上海で開催されたアニメのフェスティバルでは十数万人が押し寄せ、日本のキャラクター商品が飛ぶように売れたそうです。たぶん、中国機関はこれに危機感を持つと同時にビジネスチャンスを見出していたのでしょう。

2.中国での食文化の変化

9月4日発売の日経時にネスで、セブンイレブンの中国での活躍が紹介されていた。

北京でのあるセブンの風景。「卵と大根、つみれ、それから白滝。つゆもたくさん入れてね。」

真夏だというのに、おでん売り場に若い女性が殺到し、飛ぶように売れていく。オフィス街にあるセブンは、正午に近づくと、財布と携帯電話を持ったOLが集まってくるのだ。

おでんだけではない。おにぎり、サンドイッチ、お茶・・・。店内は日本でもおなじみのあるコンビにの主力商品を手にした客でひしめき合い、レジ待ち30人近く列を成す。これでも以前に比べ、込み具合は緩和されたという。客が減ったのではなく、あまりの混みように客の方が同僚の分も買い物をまとめて来店するようになったのだ。

「おにぎりを歩きながら頬張るのがかっこいい-。」セブンが進出してから、北京の若者の間にはこんな流行が生まれた。

中国の消費者は、衛生面の理由から熱を通した食べ物を好み、冷たい食べ物を敬遠するとされていた。海苔のような黒い食べ物も嗜好に合わないというのが常識だった。それが冷たくて黒いおにぎりがファッションとなっている。

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2006年9月 1日 (金)

クール・ジャパン

「クール・ジャパン 世界が買いたがる日本」 杉山知之

06年の9月1日の日経夕刊で紹介されていましたが、今、フランスの若者が夢中になる日本文化はアニメであると。「MANGA」「OTAKU」という言葉を使い、書店では「NANA」「NARUTO」など日本マンガの翻訳本に群がっているのだそうです。この夏、日本のポップカルチャーを紹介する「ジャパンエキスポ」がパリ郊外で開かれ、3日間で集まった若者は5万6千人。目当てはアニメで、ゲームソフトの主人公に成りすましたコスプレ姿が目についたそうです。

このように、21世紀に入ってから、日本のポップカルチャーが海外で高く評価されていますが、著者であるデジタルハリウッド大学・大学院長を務める杉山氏が、ビジネスとしてのクール・ジャパンを分析し、今後の世界戦略などを述べた本です。

「クール・ジャパン」という言葉が市民権を得始めたのは、ここ3年ほどのことだそうです。きっかけは、アメリカ外交専門誌「フォーリン・ポリシー」の2002年6月号に掲載された“日本のグロス・ナショナル・クール」という論文です。その論文で「現代の国力を見るときに、GNPやGDPといった、従来の経済指標では尺度になり得ない。一国の持つクールさ(かっこよさ)で計る必要がある」として「GNC(グロス・ナショナル・クール)」という概念を提唱しました。

フランスの「ル・モンド」紙にも2003年12月18日付で「クール・ジャパン-日本はポップのスーパーパワー」と題する記事が載りました。ここでは、アニメからファッション、デザインなど日本のポップは日本のイメージチェンジに貢献しているとしています。また、1960年代にアメリカのポップカルチャーを通して人権や民主主義が伝わったように、日本のポップは他社との共生や異質性を伝えるのではないかと評価しています。

さらに、「ワシントン・ポスト」紙が「日本はクールの帝国」と題し、日本が「文化的スーパーパワー」として台頭してくると予想しています。

アメリカでは1963年から「アストロボーイ(鉄腕アトム)」が放送されており、その後も日本で放送されたアニメはほとんどといっていいほど海外に輸出され繰り返し放送されていたそうですが、アメリカで日本のアニメが市民権を得たのは世界でも最後発らしいのです。日本のアニメは、ヨーロッパやアジアから浸透していったそうで、ただ、どこの国でもそれが日本のアニメだとは知らずにずっと見ていたそうです。国際的に取引されているアニメの総本数や売買額については完全な統計はないのだそうですが、約6割が日本製とされています。

現在、アメリカでは、「マッハGO!GO!GO!」や「エイトマン」が再放送を繰り返し、2、3世代に渡って日本のアニメがアメリカ人のボリュームゾーンに浸透していて、「クール・ジャパン」に憧れる下地が出来ているようです。

ビジネスとしてみた日本のコンテンツ産業は2003年の経済産業省監修のデータでは約15兆円です。世界のコンテンツ市場は2002年で124兆円で、アメリカが52兆円であり、日本は2位なのですが、アメリカの足元にも及んでいません。

日本のコンテンツ産業の成長率は2.3%ですが、世界平均は5%、中国にいたっては13.1%と驚くべき数字です。「クール・ジャパン」の評価が海外で高まり、コンテンツ産業が日本の戦略的産業となると期待されているだけに、国を挙げての対応が必要になります。

著者は「クール・ジャパン」が評価される源泉は、ソフトだけではないと見ています。日本の面白さは工業製品とソフトが合体しているところにあると見ます。人が欲しくなる商品はデジタル商品だけでなく、キャラクター商品というモノであったりするのです。高度な工業製品と合体したコンテンツ、それが「クール・ジャパン」の強みだと認識しなさいということです。

日本のマンガやアニメがこれだけ世界中に広まった要因のひとつは、日本が優れた工業製品を送り続けたからだといえます。自動車や電化製品の一流品を作る国という印象の上にアニメがあるのでしょう。

さて、オタクが「クール・ジャパン」の一翼を担っているわけですが、アニメの世界だけではありません。あらゆる趣味にオタクは存在し、音楽の世界においてもです。アメリカのジャズ愛好家の間では「ジャズをきちんと集めたければ日本に来るしかない」といわれているのです。人種差別主義も欧米の大きなタブーですが、反面深く根を張った感情であり、古いジャズは黒人音楽であったため、聴かない人も多くいるらしい。日本人にはそんな意識はないのでアメリカ人でも驚くような全集ができたりするのだ。日本のCDショップで、品揃えを見て「黄色い人たちが、こんなに全部揃えてくれてありがとう。すごい。」と涙ながらに感激する人もいるのだそうです。

ジャズオタクは50代以上のおじさんが中心ですが、そのおじさんが「秋葉に集まっている若者はオタクで理解できない」などといって排除しようとしますが、同類なのです。たまたま対象が違っただけで、心がぐっとつかまれたものが時代背景で少し違っただけなのです。

「クール・ジャパン」が注目されるようになったのは、アメリカやフランスで、自国に同じビジネスができると思っているアメリカ人やフランス人もいるだろう。だが、日本にとって有利なのは、そこに「本場感」という壁があることです。ビートルズが流行ったから、モンキーズで取って変われなかったようなものです。

しかし、今後のコンテンツビジネスにも課題があります。キャラクターを作っても3DCGにするようなプログラマーが不足しているようです。また、理工学部系で物理学を学んだ人が必要だといいます。アニメの中でも光線の当たったときの影や水中を高速で進んだ場合の風景など、大学や研究所で研究した人が本物感を出すためには必要なようです。

少子化や財政悪化に悩む日本が、「クール・ジャパン」で日本を新しい次元へ導いてくれるかも知れませんね。

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