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2006年12月31日 (日)

日本経済は本当に復活したのか

「日本経済は本当に復活したのか」  野口悠紀雄

2007年は、株価でみれば1万7千円を越えて終わりました。ゼロ金利も解除されました。いざなぎ景気も越えました。でも、人々にとって実感のない景気回復と言われています。本書は、野口先生がそんな経済をどう見ているかを語ります。
著者は、10年以上かかった低迷期を脱したという見方には組しません。企業利益が堅調にあるのは事実ですが、次の点に留意しなければならないと。
第一には、株価上昇率が利益増加率より高く、バブルを考えないといけません。第二は、増益が一部の業種に偏っていることです。第三に、最も重要なこととして、企業業績の回復は、循環的・需給的な要因によるものであり、構造的要因によるものではないこと。
つまり、企業収益が回復したといっても、鉄鋼をはじめとする古いタイプの資源・素材関連産業が一時的要因で息を吹き返しただけだといいます。

著者は構造的な景気回復でないと言っています。上で述べましたが、日本の経済回復は第2次産業の回復です。今後、金融やサービス、ITの分野など第三次産業が伸びなければならないはずです。2次産業は、今後、中国など次の世代を担う国家に移るはずです。まして、インドなどは、第2次産業を越えてIT分野を伸ばしています。中国も、いつまでも工業だけではないと理解しているはずです。流通などは日本よりも、改革を進めようとしているのではないでしょうか。
著者は、金融分野の例を上げます。メガバンクのMUFGは過去最高の利益を上げましたが、実は本業の貸し出しでは利ざやが少ないものです。なぜかというと、リスクを評価して貸し出す能力がないからだといいます。金融の基本的な能力が欠けており、グローバルな世界で戦えるのでしょうか。第三次産業の中核的な分野である金融はますます欧米と差がついていくかも知れません。
また、アメリカでは、グーグルやマイクロソフト、シスコシステムズ、インテル、ヤフー、アップルなど、未来を開く企業が多数出てきます。
トヨタがGMを抜いてしまうとか、もうアメリカの自動車産業は終わりだという話はよく聞きますが、アメリカは自動車産業にとって変わる産業が育っています。まさに、構造的な変化が起こっているのです。
これに対して、日本はどうでしょう。結局、今、経済が好調なのは、鉄鋼などの素材産業や自動車産業、機械産業などで、未来を開く産業とはいえません。今、好調な産業は、きっと、中国や韓国を初めとする国々に移っていく産業のはずです。
20世紀産業が好調で喜んでいる場合ではないのです。5年後、10年後を考えると、21世紀を担う産業の育成が求められています。

本書で面白い指摘は、流通と少子化についてです。
人口が減少していることは事実ですし、それを悪いことにようにいう風潮に対して異議を唱えています。いまさら、少子化対策を取ってどうなるかと言っているところは面白いです。今、少子化を止めて子供を増やすということは、逆に、非生産人口を増やすことになり、増えた子供が生産性を増やす頃は、20年以上先のことであり、それまでの20年間は、逆に歳費が増えることをどう考えるのかと問います。少子化が急に止まる事は無いのだから、それにあった社会・経済の構造を築いていくべきで、少子化が悪いことばかりではないはずだと。国のGDPが減っても、一人当たりのGDPが増えれば、国民は幸せになるはずです。
そのなかで、流通は非常に非効率な部門であることは日本人なら皆、認めることでしょう。
しかしながら、今、大規模店舗法に変わり、あらたな規制が作られ、大規模な商業施設を規制し、寂れた駅前商店街を守ろうとしています。規制は、既存の人々の暮らしを守りますが、そのためのコストは商品価格になってわれわれに戻ってきます。人が減っていく中で、効率的な流通を生かさず、既存の労働者を守ろうとするなら、当然、人が必要になりますし、国民負担も増えます。
少子化にあわせて、効率をあげる、つまり生産性を上げる方法はあるのです。
本当に生産性をあげて経済を活性化させるという安倍政権の政策がありますが、構造的な改革が本当に求められてりと感じます。安倍総理の掛け声だけで終わらないことを願います。

日本経済は本当に復活したのか Book 日本経済は本当に復活したのか

著者:野口 悠紀雄
販売元:ダイヤモンド社
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2006年12月30日 (土)

会社の寿命10年の時代

「会社の寿命10年の時代」   道幸武久

会社の寿命との10年とは、何でしょうか。ひとつのビジネスモデルの寿命のことです。ビジネスモデルをひとつしかない会社の寿命は10年しかないということです。その中で、そのための私たちも準備をしておかなくてはならないといのうのが本書の趣旨です。

この時代にも日本人、いや日本の経営者は日本型の経営システムがすでに不合理なものになっているのに変えることができないのでしょうか。経営者はもちろん、そのことは百も承知です。わかっていても、改めたくても改められないというのが実情です。

会社は、新卒採用して終身雇用、社内に明確な序列をつくり出し、良くも悪くも「村社会」とさせてしまっています。
村社会では、社内のルール、社内の人間関係が最優先事項となり、誰もが「個の事情」より「仕事」を優先するようになっていきます。
日本社会に根強く残る「仕事は個の事情より優先されるべきだ」という価値観は実は突き詰めるとこの村社会に行き着くのです。
成長期は会社人間となっても、会社の発展とともに自分も成長、収入アップを感じることが出来ましたが、バブル崩壊後の今は状況が一変しています。
村の掟を優先させようとすると、新卒採用をやめ、最終手段としてリストラということになります。

この会社の寿命10年の時代に生きていく上で、選択肢は2つしかないと著者は言います。
プロフェッショナル・マインドを磨き、「その道のプロ」として生きるか。努力を惜しみ、「下層サラリーマン」の道を歩むか。極端に言えば、選択肢はこの2つだと。

たぶん、これからの5年間は日本は大きく変わると著者は言います。そのとき、人は人生を大きく左右する選択をいくつもしなくてはなりません。そのときに何を選ぶのかは人の自由ですが、その選択が自分の未来を左右するものであることを自覚しなければなりません。
選択した結果が成功か否かと、後悔するか否かは別だと考えなければなりません。多くの人は失敗=後悔と思ってしまいますが、それは違います。失敗しても、それが必要なステップだと思える人はいます。
それは、自分の「人生設計(ライフプラン)」を持っているかいないかの違いです。

いかに大切な人生設計を描けるかを手引きしてくれるのが本書だと思います。

自分の資産のたな卸しをして、自分を知ることから、年収が下がる前にどう手を打てばいいのか、意識をどう変えていかなければならないのか、などなど。最終的は、自分のプチブランドを作るというところに持っていかなければならないと言うことでしょう。

先日、ワタミの渡邊美樹社長の話を聞きに行きましたが、夢をあきらめるな、という話でした。大学生くらいになると、世の中がわかってきて、妥協をはじめ、会社選びも自分の夢とはかけ離れたところに就職すると言っていました。そのとき、どうなるか。結局、20代から60歳までの人生でとっても大切な時期を自分の時間を切り売りして生きていくだけの生活になってしまっていると。夢をあきらめてしまえば、そこで生きがいのある人生は終わりになってしまいます。せっかくの人生です。働くことは人生の大きな部分を占めます。働くことに生きがいや夢が無ければはかない人生になることでしょう。ワタミ社長も夢を描きそれを実現する方法を社員に教えていますし、自身が理事長をする学校でも生徒に夢の実現方法を教えています。

本書を読みながら、著者の言っていることと、ワタミ社長の話を重ね合わせてしまいました。
夢を実現させるためのライフプランって大切なことですよね。でも中年の私には、ちょっと厳しいかな。(そんなこと言ったらおしまいですね)

会社の寿命10年時代の生き方 Book 会社の寿命10年時代の生き方

著者:道幸 武久
販売元:サンマーク出版
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2006年12月23日 (土)

中学生への授業をもとにした世界一簡単な株の本

「中学生への授業をもとにした世界一簡単な「株」の本   監修・松本大

この本は、マネックス証券主催の小学校5年生から中学校3年生を対象に行ったお金や株についての授業「株のがっこう」をもとにしたものです。
本の前半は、授業内容。後半は、7人の小学生や中学生の作文や感想が載っています。

子供向けの授業なのですが、株取引の基本が教えられていて、読んでいると、今更ながら、「ああ、そうだよな」と基本を忘れた自分の姿を反省させられます。

この企画は、マネックスが子供にお金や株の勉強を教えるために、作文で選ばれた小中学生に授業を受けさせた後に、10万円を渡して、実際に取引をしてもらいレポートを書いてもらうものです。結果は、当時経済状況も芳しくなかったこともあり、全員、最初の10万円を割ってしまいます。
松本大は、もともと、儲けることが目的ではなく、投資を通じて社会とつながっていることを理解してもらうことにあったと言います。逆に、実際に投資経験をすることで、株は上がったり下がったりするし、もうかったり損したりするものだということを、実感として理解してもらったことがよかったと。

本書では、3日間の授業の内容がそのまま収録されていますが、まさに基本です。株式投資をするうえで、重要なことは3つ。①長期投資、②会社選び、③分散投資、ということです。当たり前なことのようですが、デイトレーダーが稼いでいるのを見ると、少し上がっただけで利食い売りなんてしていませんか。私はすごく迷ってしまいます。小学生に授業を読んでいて今更ながら、当たり前のことができなかったり、欲におぼれてしまうなあと感じました。

また、長期投資が大事だといっても、買った理由もノートに買っておきなさいと指導しています。なぜなら、買った理由がなくなったら、それが売り時だからです。理由がないのにそのまま持ち続けて、また利益が出てくるかな、なんてスケベ心を持ってしまうのが人間ですよね。私には、この言葉が一番ぐさりときました。株をやってられる方なら当たり前のことかも知れませんが、私のような素人には参考になる本でした。

本書の後半は、7人の子供たちの作文やこの学校の終了時のレポートが載っていますが、みんな子供なりにすごく考えていて、感心しました。本当に10万円というゲンナマを使って、取引をするのですから、子供なりにいろいろと考えていることが手に取るようにわかります。株を通して、日々のニュースを気にするようになったりで、こんな勉強もありだと思えました。

私も子供に株でも買わせようかな。(しかし、その前に、家計が玉切れしています)

中学生への授業をもとにした世界一簡単な「株」の本―「お金に困らない子」はこうして育つ! Book 中学生への授業をもとにした世界一簡単な「株」の本―「お金に困らない子」はこうして育つ!

著者:松本 大,竹川 美奈子
販売元:マキノ出版
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2006年12月17日 (日)

夢をかなえる投資塾

「夢をかなえる投資塾」  逢坂ユリ

著者の逢坂氏は、不動産投資で有名になったきれいなお姉さんですが、今回の著書は、外貨、株、投資信託から現代アートまで、幅広く投資指南をした本です。
全体を読んだ感じとして、まともな投資方法のお話です。手軽に金儲けはできないと言うことです。マネーゲームであぶく銭は手に入りません。
投資で成功するためには、情報収集が欠かせません。情報を得るための努力も大切ですが、情報を咀嚼するための理解力や知識も大切です。つまり、自分を高めることが投資で成功する近道だと言います。これは近道と言うより、王道なのでしょうね。
そのために、目標収益の10%で本を買って、10%でセミナーに行こうといいます。

ポートフォリオやアセットアロケーションについては、通常の投資指南本を読んでも同じです。
ここでは、著者の今後経済の見方と、これから伸びる資産は何かについて書いていきましょう。

向こう3年の大きな流れとして、日経平均は、2万円を越えて、また3万円台を目指す日が5年以内に訪れるのではないかと。不動産価格も上昇するが、2009年以降は金利が上昇することで、ネット利回りが低下すると見ています。
日本株は、今年1回調整局面がありましたが、もう1回下げが来るのではないかと考えていて、下値の目安として、日経平均1万5千円台。これから購入するなら1万6千円を割ったところだと言います。
でもこの本って、12月初めに出ましたが、11月に書いているとすると、11月終わりに1万5千800円前後になりましたから、そのときが買いだったのでしょうか。12月15日の終値は、1万7千円を目指すところになってしまいましたよね。もう1ヶ月早く出版してくれたらと思います。
金利についても、7月にゼロ金利が解除されましたが、金利上昇は2009年以降ではないかと見解です。2008年には、小渕内閣が大量発行した国債の借り換えが発生するので、そのときまでは、低金利を続けるのではないかとのことです。

最近、私もすごく気になるのですが、コモディティに関する見通しも重要です。世界の人口がますます増加する中で、食料や水の不足が深刻化してきます。また、中国やインドなど国が豊かになってくると、肉食化が進みます。そのためには餌として、とうもろこしや大豆などソフト・コモディティの値段が上昇するはずです。とくに中国やインドでは水不足が大きな問題となっており、貴重な水は生活用水や工業用水に使われ、水を使う農産物を輸入しようとするのです。また、ソフト・コモディティだけでなく、金や原油も限りのある資源なので、消費量が急増すれば、価格が上昇するのは当然でしょう。

著者が今、一押しの投資商品としては、現代アートを上げています。日本の現代アートは、数年前なら、20万~30万円で売られていますが、今や1億円以上になっているものが多いのです。絵画などは好きでないと、単に投資対象とするには品がないようですが、絵が好きな人にとっては、絶好のチャンスな様です。アートの金額を株価にたとえると、日経平均7600円の時代だと言います。
ただ、見る目をそうとう養わないと現代アートを見ない人にとっては、厳しそうですね。著者のお勧めとして、今なら30万円以内で買える画家として、大竹伸朗、天明屋尚、榎本耕一、西澤千晴、宮崎勇次郎氏などが上げられています。本当に自分のお気に入りがあり、お金があれば私も買いたいところですが、とにかく先立つものがない状態です。
でも、著者は確かにいいとこついているかも知れませんね。

夢をかなえる投資塾 Book 夢をかなえる投資塾

著者:逢坂 ユリ
販売元:かんき出版
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2006年12月16日 (土)

ニッケル・アンド・ダイムド

「ニッケル・アンド・ダイムド」  バーバラ・エーレンライク

副題として「アメリカ下流社会の現実」とあります。本書は、最近の格差社会問題を考える際に、アメリカの格差問題を参考するためには必ずと言っていいほど本書が紹介されます。

タイトルの「ニッケル・アンド・ダイムド」のニッケルとはアメリカの5セント硬貨、ダイムは10セント硬貨を指します。ダイムドと動詞の受身形になっているので、「ニッケル・アンド・ダイムド」の意味としては、「少しずつの支出がかさんで苦しむ」または「小額の金銭しか与えられない」という意味になります。いずれにしても「貧困にあえぐ」ということです。

私は、てっきり、日本の格差問題の本と同様にアメリカでの格差を調査した本かと思って手に取りましたが、読んでみると唖然としたしました。

経済学者や社会学者が統計を駆使したり、実地調査から得られるような格差問題を語るものではありませんでした。

著者のエーレンライクはアメリカ屈指のコラムニストだそうですが、博士号も持つアッパーミドルクラスであろうに、自らわずかな金を握り、時給7ドルの生活に飛び込んで、貧困に身を置いて、まさに辛酸をなめます。

単に収入が少ない、生活が厳しいとかのいう問題ではなく、まさに人間の尊厳を問う問題が提起されています。

著者は、フロリダでウェイトレスとして働き、メイン州で、グループで家の掃除をする一員として働きます。最後に、ミネソタで労働者には悪名高きウォルマートの店員として働きます。

著者は、博士号を持ち二週間ごとに全く新しいことに取り組まない人間にとって、単純労働など「楽勝」だと思われるかも知れないが、それは違っていたと言います。著者が最初に知ったのは、どんな仕事も、どれほど単純に見える仕事でも、ほんとうに「単純」でないことでした。どんな仕事も、どれもが集中を必要としたし、新しい用語と、新しい道具と、新しい技術をマスターしなければならなかったと。思ったほどやさしいものは何一つなかったと。

低賃金労働の世界では、著者は―仕事を覚えてることは出来てもヘマをするという―並みの能力を持った人間でしかなかったことを悟ります。

低賃金労働者は怠け者でも何でもなかったことも実際に一緒に働いて見てわかります。ウォルマートでも同僚に忠告されたことがあった。学ばなければならないことはたくさんあるけれど「知りすぎない」もまた大事だと。経営者側は「従業員ができると思うと、ますます従業員を利用し酷使する」から、少なくとも自分の能力を全部見せることは、絶対しないほうがいいということだ。それを教えてくれた人たちが怠け者だったわけではない。めざましい働きをしても、それが報われることはほとんど、あるいは全くないことを知っているためだったのです。エネルギーをいかにうまく配分して、明日のために残しておくか、その計算をすることが、過酷で低賃金で働く人たちの秘訣なのです。低賃金のため、健康保険にも入れず、組合にも入れない労働者は自分のことは自分で守るしかない世界がそこにあるのです。

著者は本当の問題は、いかにうまく仕事をこなしたかではない。食や住を含めた生活全般がうまくできたかどうかと言うことだと。仕事をこなすことと上手に生活することは全く別の問題だと。福祉改革の謳い文句に、仕事こそが貧困から抜け出す切符であるかのように言われますが全然違うのです。

時間7ドル前後の生活を実際にした著者にとっては、休みもなく仕事を2つ掛け持ちしても、通常の職業人と呼ばれる人の生活水準には及ばなかった。著者がフロリダで働いたときには、1ヶ月で1039ドル稼いで、食品や光熱費などに517ドル払っています。最大の支払額は家賃で500ドルのワンルームだと家賃を払った残りが22ドルです。著者はこのまま働き続けた場合に、医療費などを払うことは避けられないに違いないといいます。しかし、1ヶ月22ドルでは、保険も入られないのですから、絶対に病院には行けません。

アメリカでは住宅補助金として、ローンの利子軽減という形で、著者は年に2万ドル以上支給されていたのです。もし、中流クラスにこれだけ補助ができるなら、これを低所得の家族に支給するとまずまず立派な暮らしが出来ることになるのだと。

アメリカは景気が好調で失業率も下がっていますし、求人倍率も高いので、経済学者は市場原理に従えば、労働者が高賃金のほうへ流れたりして賃上げが行われると考えますが、本当の人間は経済学でいう「ホモエコノミクス」ではないことが、一緒に低賃金労働者と働くことでわかります。人それぞれには事情があるのです。車社会のアメリカで車も持てない人にとっては、おいそれと職場を変えることもままなりません。ハリケーンのカトリーナがニューオリンズを直撃した時も、車を持っていない所得の低い人々は逃げることができず大きな被害にあいました。死に直面しても逃げる手段がないのですから、賃金が高いからといって、歩いて通えない職場には行けないのは当然です。

また、低賃金労働者が移動できないようにしているのは、情報が平等に知らされていないことや、さらにウォルマートでも明らかになりますが、管理者の巧みな管理手法に行き着いてしまいます。

貧しくない人たちの間では、貧困とは最低限の生活を維持できる状態だと考えられています。そりゃ質素かも知れないけれど、でもなんとかやっているじゃない、と。貧困が激しい苦痛であるというのは、なかなか理解しにくいことです。節約のために昼食もろくに食べず、勤務時間が終わる頃には失神しそうになる。住む「家」も乗用車かヴァン。病気や怪我は、歯を食いしばって耐え、病気欠勤しても手当ても健康保険もなく、1日の給料がもらえなくなる。それは、即、翌日の食料がないことを意味するのです。

こんな状態で「最低限の生活を維持している」といえるのでしょうか。著者は慢性的な欠乏と容赦のない刑罰に痛めつけられる生活、などという表現でもまだ甘いと言います。これは緊急事態だと。

私は社会民主主義者でも何でもありませんが、かと言って、新自由主義経済が全てを解決してくれるわけでもないことは理解しています。アメリカの中流市民でさえ気がつかないあまりにも悲惨な影の部分を本書を通して見てしまいました。

あなたは本書で何を見ますか。

ニッケル・アンド・ダイムド -アメリカ下流社会の現実 Book ニッケル・アンド・ダイムド -アメリカ下流社会の現実

著者:B.エーレンライク
販売元:東洋経済新報社
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2006年12月10日 (日)

ブランドの条件

「ブランドの条件」  山田登世子

ブランドって何でしょう。ただの流行ですか。最近は、銀座、青山、表参道などに次々に欧米のブランドの旗艦店が出店しています。

本書は、まさに、そのブランドって何を考えている本です。

エルメス、ルイ・ヴィトン、シャネル、グッチ、プラダ、コーチとバッグだけでもたくさんの高級ブランドがあります。そして、そのブランドが私たちの周りにひしめいています。20代の女性の手にもたれ、ごく身近な存在でもあります。何十万もする贅沢品が、日常風景となっています。ブランド現象とは、「贅沢の大衆化」だと著者は言います。

大衆化しながらも、なぜ、これらのラグジュアリー・ブランドが、ブランドたる条件とは何かを考えたものです。

著者は、購買心理論ではブランドの本質は解けないという長年の思いがあったようで、本書では、買う側より、むしろ売る側から考えたほうが本質に近づけるのではないかということで、ヴィトン、エルメス、シャネルの誕生物語から語ってくれます。特にこの3ブランドを語るのは、その生い立ちやコンセプトに明瞭な違いがあるそうで、それを説明していきます。

エルメスとシャネルは、いずれも高級価格政策は同じですが、モードに対する距離の取り方が違います。シャネルが限りなくモード寄りのスタンスを取って時のトレンド・セッターであろうとするのに対し、エルメスはむしろ流行から超然とした姿勢を取ろうとします。シャネルが旬の季節のときめきの魅惑を売るのに対し、エルメスは永遠性の高みに踏みとどまって、その「変わらなさ」を売っているように見えます。

エルメスやヴィトンは、19世紀に出来たメゾン・ブランドの典型で、王侯貴族を顧客にして今日の繁栄を築いてきました。この2つはもともと永遠性と貴族性を志向するブランドでした。

一方、20世紀に誕生したブランドであるシャネルは、大衆の力を背景に生まれました。大衆のマインドと呼応して「ファッションをストリートへ」という創始者シャネルの精神そのものなのです。

こうしてストリートに寄り添い、モードに寄り添うシャネルのブランド・コンセプトと、「変わらない」ことを重んじるエルメスのそれとは、いわば19世紀と20世紀の開きがあります。2つの差異は、ヨーロッパ型資本主義とアメリカ型資本主義ほどにも大きなものがあります。

ヴィトンやエルメスは、始めに皇室ありきです。特権階級を顧客にして誕生し、本質的にはロイヤル・ブランドです。そして、そのブランドに権威と信用が根拠の問題です。ラグジュアリー・ブランドのオーラがこの起源のシーンがあって、それを与えているのは皇室だというのです。

そういいながらも、ヴィトンやエルメスの商品はなぜただのバッグではないのか。「ヴィトンはヴィトンだから価値がある。」これしかいえないのではないのでしょうか。

ヴィトンやエルメスも、フランスの国家戦略ともいえる政策で、パリ万博などでの出品やナポレオン3世のブランド戦略で、フランスの一大産業になってきたわけです。

そいて、デモクラシーの時代とともに、贅沢は貴族財であることをやめ、商品化して金で変えるものになり、現代的なラグジュアリー・ブランドまで一直線になったのです。

ヴィトンやエルメスの製造も価値を高めています。大量生産で作るのではなく、ハンドメイドです。現代でこれほどの贅沢はありません。エルメスは作った職人がわかるようになっていて、リペア・サービスに出した場合、その作った職人が自らリペアするのです。

また、職人の少量生産は大量生産のマーケットの世の中では希少価値があり、逆に価値を増すことになります。

逆にシャネルは、フォードのように大量生産される服を発表しました。シャネルは、貴族が召使に着せてもらう服ではなく、自分で着られるモダンガールのための服を提案したのです。自立した女性の服を提案したのです。まさにライフスタイルを変えていったのです。シャネルには、伝統も権威も職人生産の神話もありません。価値の源泉はまさにシャネルのネームヴァリューに基づいているのです。

今や、ヴィトンもエルメスもデザイナーを雇い、新しいものづくりに挑戦しています。「変わるもの」と「変わらないもの」の微妙なバランスを取りながら、新しい価値に挑戦しています。

しかしながらも、私たちは贅沢を買いたいと思っているのです。しかし、本当の贅沢とは何なのでしょうか。

本書は、俗に言うブランドであるラグジュアリー・ブランドについて書かれたものです。SONYやトヨタなどのブランド論とは全く別物です。著者の言う通り供給側からの解説になっているのですが、やはり、どうして高額品を買いたくなる人々が多いのかがよくわからない、もっやっと感が残りました。

ブランドの条件 Book ブランドの条件

著者:山田 登世子
販売元:岩波書店
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2006年12月 9日 (土)

格差社会

「格差社会」何が問題なのか   橘木俊詔

最近、格差問題ではテレビにもよく登場される橘木さんの最新著書です。著者は、98年に「日本の経済格差」を書いたことが、日本での格差問題の嚆矢になったのではないでしょうか。05年の初めには、格差問題の著書が多く出て、今年06年1月に内閣府が、格差の拡大は日本が高齢化していることによる「見かけ上の問題」とする見解が出て、より一層の論争が繰り広げられています。

本書では、格差の何が悪いのかを真摯に語ってくれます。テレビで見るだけですが、頑固そうな中に物静かで、本当にまじめに格差の問題と解決策を考えていることが伺えます。

2004年末に発表されたOECD調査で、再配分後所得のジニ係数でみると不平等の高い国になっていました。前回の調査では中程度でしたので、不平等が確実に高まっているとします。日本は、不平等度が高いアメリカやイギリスのような新自由主義という思想を基本においた経済体制をとっている国と同じになっていました。

不平等が拡大するということは何を意味しているのでしょうか。一つには豊かな人の所得がさらに上がり、貧しい人がますます貧しくなるという側面。二つ目には、豊かな人と貧しい人の数が相対的に増加する側面です。日本においては、双方の側面が見られます。しかし、特に貧困者の問題が深刻化しているというのが著者の見解です。

実際の生活保護を受けている世帯は、96年が61万世帯、04年が100万世帯、05年が105万世帯となっています。

貯蓄の側から見ても、貯蓄のない世帯がここ15年で非常に増えています。貯蓄のない世帯が、70年代から80年代後半にかけて5%あたりで推移していたものが、05年には22.8%にまで急激に上昇しています。貯蓄ゼロとはまったく余裕のない状態です。

また、自己破産する家計も増えています。95年が4万件でしたが、03年には24万件へと6倍に増えています。

さらに絶対的貧困を測る指標としてホームレスの数です。六本木ヒルズ族のような大金持ちが目立つ反面、街を歩いているとホームレスが目立つようになっています。東京都のホームレスの推移を見てみると、90年代末から2000年にかけて3000人から6000人に倍増しています。

相対的な貧困については、国によって基準が違うので国際比較が難しいのですが、OECDの調査で驚くべき事実が出てきています。日本の貧困率が先進国では、アメリカ、アイルランドの次の貧困率です。相対的貧困率についても、80年代は11.9%だったのが、現在、15.3%にまで増えています。

格差は見かけなのかというのは、始めに内閣府の調査からの始まりです。内閣府では、この統計の根拠について、第一は、日本の少子高齢化が進んでいる状況だということ。第二に、家族構成の変化を指摘しています。高齢単身者と若年単身者のふたつの層を中心に数が増えていること。これらによって、統計上格差が広がったというのが内閣府の説明です。しかし、著者は確かに高齢単身者において非常に増加しています。これを「見かけ」とするのであれば、この高齢単身者という貧困層が増えたことを同考えるのかと著者は憤ります。

さて、「平等神話」崩壊の要因とは何でしょう。

日本社会において格差が拡大した要因はいくつか考えられますが、その一つに長期不況の影響があります。最近は低下傾向にありますが、失業率は一時5.5%という戦後2番目の高さにまで達しました。当然、失業率が高くなれば、貧困層も増えて格差が広がることになります。

長期不況がもたらした要因のもう一つ重要なのは、雇用システムの変化です。それは非正規労働者の数が非常に増えたことです。95年、正規労働者は3779万人、非正規労働者は1001万人でしたが、2005年には、正規労働者が3374万人、非正規労働者1633万人です。この10年間に正規労働者が400万人減り、非正規労働者が630万人も増えたことになります。このことは格差拡大の重要な要因です。それはなぜか。第1に、正規労働者と非正規労働者の間には、一時間当たりの賃金に格差が存在します。非正規労働者の賃金は、正規労働者の6割から7割と言われています。第2に、非正規労働者というのは、パート労働者に見られるように労働時間が比較的短いということがあります。一時間当たりの賃金が低い上に、労働時間が短く、総賃金の額が低くなってしまいます。第3に、非正規労働者というのは雇用が不安定です。派遣労働者などは、雇用期間が終われば、次の仕事が見つからない限り即失業者です。不安定な立場におかれている非正規労働者が増えれば、それは格差の拡大につながるわけです。

なぜ、近年、非正規労働者が増えたのでしょう。第1に、企業にとっては、労働コストの削減につながります。第2に、非正規労働者の多くは、社会保険制度に入っていません。このことも企業側にとってはメリットがあります。通常、社会保険は、事業主と労働者での折半の負担となりますので、企業側としては非正規労働者を増やしたい要因となります。第3に、企業から事業不振の時に労働コストを削減しやすいように非正規労働者を雇うメリットがあります。第4に、企業が繁忙期だけに雇えるメリットがあります。

重要なのは、本人はフルタイムの労働者を望んでいるのにもかかわらず、企業が非正規雇用のメリットにこだわって、フルタイムで雇ってくれないということが、実際に少なくないということです。

非正規労働者だけでなく、正規労働者の問題もあります。サービス残業をしていない人はいますか。当然、違法行為ですが、もし、サービス残業が厳しく禁止されるなら、企業は正当な賃金を支払うか、新しい人を雇って雇用を増やさざるを得なくなります。正規労働者のサービス残業が減らないことも、非正規労働者が減らないことにつながっているのです。

このほかに、公平な評価もできないのに成果主義を導入したことなども取り上げています。

さらに、マクロ的には、構造改革の負の面も取り上げています。著者は競争による経済効率を高めることには反対しませんが、Winner-Take-Allではなく、敗者への再配分モデルを作ることを提案しています。

著者は、単に現状を細かに観察しているだけでなく、マクロでもなぜ貧困を放置すると、貧困者が困るだけでなく、社会全体が困るのかについて解説をしてくれます。

長くなるので、興味がある方は、一読してください。

格差社会―何が問題なのか Book 格差社会―何が問題なのか

著者:橘木 俊詔
販売元:岩波書店
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2006年12月 3日 (日)

王道をゆく投資「株」

「長谷川慶太郎の大局を読む 株」  長谷川慶太郎

今年の4月に出た本ですが、今読んでも面白いので取り上げました。大局シリーズは長谷川氏が毎年書いているものです。

個人投資家もインターネットで盛り上がりしましたが、最近は少し株取引が少なくなってきているようです。

とは言え、やはりデフレも終わりを告げようとしているときに、株に魅力を感じる人も多いでしょう。

本書では、株のお勧めをしているわけではなく、言っていることは大きく2つ。

「投機ではなく、投資を!」

「投資には勉強が必要!」

ということです。

ただ、著者の経済の見方や、世界に通用する企業を紹介しています。

まず、現状の認識ですが、戦後60年間の中でも数少ない大規模な好況のとば口にあり、デフレは、むしろ日本経済にとって極めて有利な「追い風」となり、ますますその勢いは強まると見て間違いないと言います。

前提として、世界経済が安定していることが必要になりますが、好むと好まざるとに関わらず、アメリカの軍事的優位が確立しており、世界は極めて安定した状態であり、地球が二分して闘われるような大規模な戦争が発生する危険性は存在しないと言い切ります。

お金の流れもニューヨークに異常に多く集まり、世界の投資に向かっています。日本でも、かつてないほどの大規模の金余りはデフレの産物であって、日銀の金融緩和政策のせいではありません。

世界的デフレが生んだ、理屈では説明できない新たな経済現象として、最も重要なポイントは「長・短金利の連動性の消滅」とのことです。

本書は4月に書かれていますので、ゼロ金利解除前ですが、現状の長期金利水準を考えると、短期金利との連動は低いですよね。ゼロ金利解除に伴って一時、長期金利も上がりましたが、今は逆に低下傾向です。

本ブログでも以前紹介したと思いますが、金余りの時には世界的な大規模プロジェクトが起こり、新たな経済が生まれると書いたことがありました。

本書でも、世界規模のインフラ整備に貢献する日本企業がいくつか紹介されています。

日本の企業しか持っていない技術が数多くあり、世界全体から大量受注によって、日本企業の利益が急増すると見ています。

原油開発やLNG開発、アメリカのエネルギー産業再建に対して、日本の技術力なしにはできないのです。特に、省エネ技術や、環境テクノロジーについては、世界最先端のはずです。

鉄を作ることに関しても、19世紀の初め、1トンの粗鋼生産に要した石炭の量は30トンでしたが、鉄鋼が近代化した20世紀では10分の1の3トンですむようになった。日本の場合は、わずか0.6トンですむようになっており、世界最高の水準になっており、これは世界最高水準です。アメリカの場合は、約1.5トン、中国の場合は、約1.5トンです。

さらに、粗鋼から完成鋼材になるともっと差がつきます。

先日、中国の宝鋼や韓国ポスコと新日鐵の連携が新聞に載っていましたが、ミタルのような大規模鉄鋼業に対して、ある程度の規模と最高の技術で対抗しようとしているのでしょうか。

本書では、世界経済の状況を見ながら、中長期投資にふさわしい個別銘柄を上げていますが、デイトレのような投機はするな、最低でも3年は持てといいます。

最近は、株式そのものより、リスクを減らそうと投資信託などが流行っていますが、本書を読むと、またぞろ、自分でもっと勉強して株を買ってみようかという気にさせられます。

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著者:長谷川 慶太郎
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下流社会マーケティング

「下流社会マーケティングマーケティング」  三浦展

三浦氏といえば、「下流社会」を著し、流行語にもなったくらいですし、最近はあまりにも有名で説明するまでもないのですが、日本の社会をマーケティングの観点から鋭い分析を提供し続けています。

社会学理論を学んだことのある方なら、三浦氏の多くの著書を読んでみると、だいたい世の中を観る視点のフレームワークに気がつくはずです。三浦氏も社会学部出身ですものね。

本書を紹介するに当たって明確にしておかないといけないことは、下流社会の名前がついていますが、格差問題の話ではなく、まったく現在の状況をマーケティングの観点から分析して、階層化している社会に対してどんなマーケティングが必要かということを述べたものですから、格差の原因だとかに興味がある人は不向きです。前著「下流社会」で分析されていますので、その前提に立って、いかにマーケティングを考えるかを書いたものです。格差があるから悪いとかそんなことはともかく、著者は予断を廃して、純粋なマーケターして書いています。

日本では70年代以降「1億総中流」という言葉が使われてきましたが、その流れが変わってきたと考えています。(前著「下流社会」を読んでください)

著者が、使った「下流」という言葉は、単に所得が低い人を指すだけではありません。コミュニケーション能力や生活する能力が低く、働く意欲、学習意欲、消費意欲も低い、総じて人生への意欲が低い人々のことです。そして、「下流社会」というのは、定義ではなく(つまり現実ではない)、現実を見るための道具、メガネであるといいます。三浦流のメガネをかけて、如何に社会を観るかということです。

著者は、政治の世界で使われる55年体制を中流社会を目指した体制であり、それに対して、2005年体制という言葉を作っています。物質的に豊かさはすでに頂点に達していて、もっとたくさんのモノが欲しいという気持ちは、国民の間にはあまりないと。むしろ、今の豊かさを維持できればいいとか、最近、新たに生じつつある精神的・経済的な不安を解消するという価値観のほうが強まっていると。

すでに55年体制の特長だった「中流化」というトレンドは終わって、2005年体制の特徴である「階層化」という新しいトレンドに向かいつつあるといいます。

マーケターらしく現状分析として、人口が50年で4000万人ずつ増減すること、少子化、世帯数の増加や標準世帯の減少などを説明していきます。当然その中で、55年体制で大量にモノが消費されたことを説明します。団塊のジュニア世代は、団塊の世代のように買い替え需要が小さくなってきているとの指摘は鋭いものがあります。団塊の世代は、どんどん車も大きなものに買い替えたり、14インチのテレビを36インチに買い換えていきましたが、最初から30インチ以上のテレビを持っている世代が、25年後に100インチに買い換える可能性は低いとのこと。当然、昔のように標準世帯をターゲットにしたマーケティングは通用しないとします。

つまり市場をよく見極める必要があるということです。人口減少といいますが、全ての市場が縮小していくのかというと、伸びる市場もあるということです。人口学的にいうと、数が増えるのは、高齢者の夫婦のみ世帯や、一人暮らし、そして中年の未婚者です。とはいっても、高齢者は既にある程度モノを持っているし、中年の未婚者に大きな需要があるとは思えません。だから、量を狙うのではなく、商品の単価を上げる質重視のマーケティングが必要だと。

そのためには、ターゲットを明確にして、その人たちにピッタリの商品を提供することが重要になります。

著者の注目点は、標準家族が少なくなってきたことから、ファミリー市場からシングル市場への変化です。ファミリーであっても、家族の一人ひとりがシングルとして消費するということもあるのです。食事も個別、音楽もiPodなど個別に聴く、風邪薬まで自分にあった薬、シャンプーも家族で使うのではなく、個人用となってきています。(これは実感できますね)

このようなライフスタイルに合わせて、3つのケアが今後のポイントだとします。

先ずは「人のケア」(健康、美容、メンタル)。第2は「お金のケア」(収入、資産、保険、セキュリティ)。第3は「モノ、都市のケア」(リサイクル、リノベーション、リフォーム、コンバージョンなど)です。

80年代は、「ニーズからウォンツ」がテーマでしたし、その結果、企業は「多品種少量生産」を行いました。しかし、この多品種少量生産のやり方はもうピークに達しています。iPodを一人で何台も持つ必要はありません、今後は、ウォンツではなく、「高次のニーズ」、レベルの高いニーズを探り出して、それに応えることが、新しい需要拡大のために必要になると著者は考えています。そのためには「コンシェルジュ的サービス」が必要だと。

著者が団塊の世代をクラスター分析や団塊ジュニアの分析はさすがです。ここは深いので、是非買って読んでみてください。

下流社会マーケティング Book 下流社会マーケティング

著者:三浦 展
販売元:日本実業出版社
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