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2006年12月16日 (土)

ニッケル・アンド・ダイムド

「ニッケル・アンド・ダイムド」  バーバラ・エーレンライク

副題として「アメリカ下流社会の現実」とあります。本書は、最近の格差社会問題を考える際に、アメリカの格差問題を参考するためには必ずと言っていいほど本書が紹介されます。

タイトルの「ニッケル・アンド・ダイムド」のニッケルとはアメリカの5セント硬貨、ダイムは10セント硬貨を指します。ダイムドと動詞の受身形になっているので、「ニッケル・アンド・ダイムド」の意味としては、「少しずつの支出がかさんで苦しむ」または「小額の金銭しか与えられない」という意味になります。いずれにしても「貧困にあえぐ」ということです。

私は、てっきり、日本の格差問題の本と同様にアメリカでの格差を調査した本かと思って手に取りましたが、読んでみると唖然としたしました。

経済学者や社会学者が統計を駆使したり、実地調査から得られるような格差問題を語るものではありませんでした。

著者のエーレンライクはアメリカ屈指のコラムニストだそうですが、博士号も持つアッパーミドルクラスであろうに、自らわずかな金を握り、時給7ドルの生活に飛び込んで、貧困に身を置いて、まさに辛酸をなめます。

単に収入が少ない、生活が厳しいとかのいう問題ではなく、まさに人間の尊厳を問う問題が提起されています。

著者は、フロリダでウェイトレスとして働き、メイン州で、グループで家の掃除をする一員として働きます。最後に、ミネソタで労働者には悪名高きウォルマートの店員として働きます。

著者は、博士号を持ち二週間ごとに全く新しいことに取り組まない人間にとって、単純労働など「楽勝」だと思われるかも知れないが、それは違っていたと言います。著者が最初に知ったのは、どんな仕事も、どれほど単純に見える仕事でも、ほんとうに「単純」でないことでした。どんな仕事も、どれもが集中を必要としたし、新しい用語と、新しい道具と、新しい技術をマスターしなければならなかったと。思ったほどやさしいものは何一つなかったと。

低賃金労働の世界では、著者は―仕事を覚えてることは出来てもヘマをするという―並みの能力を持った人間でしかなかったことを悟ります。

低賃金労働者は怠け者でも何でもなかったことも実際に一緒に働いて見てわかります。ウォルマートでも同僚に忠告されたことがあった。学ばなければならないことはたくさんあるけれど「知りすぎない」もまた大事だと。経営者側は「従業員ができると思うと、ますます従業員を利用し酷使する」から、少なくとも自分の能力を全部見せることは、絶対しないほうがいいということだ。それを教えてくれた人たちが怠け者だったわけではない。めざましい働きをしても、それが報われることはほとんど、あるいは全くないことを知っているためだったのです。エネルギーをいかにうまく配分して、明日のために残しておくか、その計算をすることが、過酷で低賃金で働く人たちの秘訣なのです。低賃金のため、健康保険にも入れず、組合にも入れない労働者は自分のことは自分で守るしかない世界がそこにあるのです。

著者は本当の問題は、いかにうまく仕事をこなしたかではない。食や住を含めた生活全般がうまくできたかどうかと言うことだと。仕事をこなすことと上手に生活することは全く別の問題だと。福祉改革の謳い文句に、仕事こそが貧困から抜け出す切符であるかのように言われますが全然違うのです。

時間7ドル前後の生活を実際にした著者にとっては、休みもなく仕事を2つ掛け持ちしても、通常の職業人と呼ばれる人の生活水準には及ばなかった。著者がフロリダで働いたときには、1ヶ月で1039ドル稼いで、食品や光熱費などに517ドル払っています。最大の支払額は家賃で500ドルのワンルームだと家賃を払った残りが22ドルです。著者はこのまま働き続けた場合に、医療費などを払うことは避けられないに違いないといいます。しかし、1ヶ月22ドルでは、保険も入られないのですから、絶対に病院には行けません。

アメリカでは住宅補助金として、ローンの利子軽減という形で、著者は年に2万ドル以上支給されていたのです。もし、中流クラスにこれだけ補助ができるなら、これを低所得の家族に支給するとまずまず立派な暮らしが出来ることになるのだと。

アメリカは景気が好調で失業率も下がっていますし、求人倍率も高いので、経済学者は市場原理に従えば、労働者が高賃金のほうへ流れたりして賃上げが行われると考えますが、本当の人間は経済学でいう「ホモエコノミクス」ではないことが、一緒に低賃金労働者と働くことでわかります。人それぞれには事情があるのです。車社会のアメリカで車も持てない人にとっては、おいそれと職場を変えることもままなりません。ハリケーンのカトリーナがニューオリンズを直撃した時も、車を持っていない所得の低い人々は逃げることができず大きな被害にあいました。死に直面しても逃げる手段がないのですから、賃金が高いからといって、歩いて通えない職場には行けないのは当然です。

また、低賃金労働者が移動できないようにしているのは、情報が平等に知らされていないことや、さらにウォルマートでも明らかになりますが、管理者の巧みな管理手法に行き着いてしまいます。

貧しくない人たちの間では、貧困とは最低限の生活を維持できる状態だと考えられています。そりゃ質素かも知れないけれど、でもなんとかやっているじゃない、と。貧困が激しい苦痛であるというのは、なかなか理解しにくいことです。節約のために昼食もろくに食べず、勤務時間が終わる頃には失神しそうになる。住む「家」も乗用車かヴァン。病気や怪我は、歯を食いしばって耐え、病気欠勤しても手当ても健康保険もなく、1日の給料がもらえなくなる。それは、即、翌日の食料がないことを意味するのです。

こんな状態で「最低限の生活を維持している」といえるのでしょうか。著者は慢性的な欠乏と容赦のない刑罰に痛めつけられる生活、などという表現でもまだ甘いと言います。これは緊急事態だと。

私は社会民主主義者でも何でもありませんが、かと言って、新自由主義経済が全てを解決してくれるわけでもないことは理解しています。アメリカの中流市民でさえ気がつかないあまりにも悲惨な影の部分を本書を通して見てしまいました。

あなたは本書で何を見ますか。

ニッケル・アンド・ダイムド -アメリカ下流社会の現実 Book ニッケル・アンド・ダイムド -アメリカ下流社会の現実

著者:B.エーレンライク
販売元:東洋経済新報社
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