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2007年1月14日 (日)

「性愛」格差論

「性愛」格差論    斎藤環・酒井順子

本書は、格差論と名があり、性愛という言葉があるので、ひょっとしたら、モテル、モテナイという格差論かと思われそうですが、そうでもない一筋縄でない対談集です。斎藤氏は精神分析の
医者でオタクや萌えの研究での第一人者、酒井順子はいわずと知れた「負け犬の遠吠え」で有名な作家。二人の世の中を斜から眺めたような、また、心理面から奥深く見たような意見の交換です。
単に負け組み、勝ち組では語りきれない格差について考えさせられます。

斎藤氏は、希望が持てないだけでなく、絶望的なことを語りながらも、意外なほどあっけらかんとした「明るさ」が見えるといいます。つまり、希望だけでなく、絶望することも困難なのだと。
格差は大きな流動性から生まれますが、極端に流動化するとマネーに関すると富める者がますます富めるようになります。また、教育なら、ますます偏差値の格差が広がります。本書の性愛ということからは、モテル人間はますますモテル。それは、モテル人間はもし失恋しても(リスク)すぐに相手を見つけられる(リスクヘッジ)ので、失恋のダメージは少ない。だから、気軽に異性を誘い、結果としてますますモテルことになるということです。

本書で取り上げられる愛の形として、「負け犬」「おたく」「ヤンキー」「腐女子」といったトライブ(部族)が登場します。サラリーマンの私としては、まさに知らない世界を垣間見ることができる一冊です。

斎藤氏の分析によると、最近のデータから初交年齢(初体験)が上昇しているそうです。理由としては、男性が情勢並みに関係性に配慮し始めたこと。(ファッションセンスに現れているといいます) もうひとつが、多くの男性が「所有」の欲求を生身の女性以外の対象で充足してしまって、現実の男女関係に踏み出さなくなった感があること。さらに、男性に関しては、「据え膳食わぬは・・・」的な悪い意味での男性原理が希薄になっていると。時折、日本でもスーパーフリーみたいな犯罪が起こりますが、国際的に見た場合の性犯罪率は相当低いようです。
性欲が低下したというより、「優しさ」へのシフトへと好意的に捉えることもできるといいます。
また、社会規範をみると、かつての規範が緩み、男性は無理に押し倒さなくてもいいんだとなり、女性はもっと積極的にふるまっていいんだとなり、現在は、一過性の均衡状態にあるのではないかともいいます。

酒井氏は、負け犬女性の立場から、結婚について言い訳できない時代になって来たといいます。バブルの時代は、女性側に「結婚なんてしなくていいわ」という意識があったし、キャリア確立のために非婚の言い訳が出来たのですが、今や、結婚も子供も仕事もという雰囲気があると感じているようです。逆に、言い訳が出来ない時代だからこそ、居直って「負け犬」が登場したのかも。

本書が面白いのは、二人の対談が、わざわざ、秋葉原でメイド喫茶に言ったり、池袋の乙女カフェにでかけ、実際の若者を見ながら対談するので、相当リアリティがあります。酒井氏は秋葉のロリコンポルノにはいいてけっこうショックを受けたようです。女性だけでなく、普通の男子にとっても理解はしがたいでしょうが。「萌え」ということばを斎藤氏が定義しています。いろいろ解釈はあるだろうけど、結局、「脳内恋愛」であり、現実の実態のないキャラクターに対して強烈な恋愛感情を抱く状態を意味していると。要するにオタクかどうかの分かれ目は、アニメやゲームの独特の絵(髪の毛が緑色だったり、目が顔の半分近くあったり)に欲情できるか否かだと。
初交年齢が高くなっていると、最初に書きましたが、オタクは、風俗にもあまりいかないということです。これはプライドの問題が大きいということです。性関係に対して理想も高く、潔癖症だったりしますし、性だけでなく、対人関係においても潔癖症があったりして、風俗に近づかないようです。

さて、最近はオタクが脚光を浴びているようですが、若者文化を大雑把にわけると「オタク」「ヤンキー」「サブカル」の3つに分かれます。一説によると、ヤンキーは日本人の7~8割を占めるとまで言われています。
先日、各地で成人式が行われましたが、毎年暴れまわっているのはヤンキーであり、言われるとよく目にする気もします。また、渋谷などを歩いていても、ヤンママが子供を二人くらい連れて闊歩しているのを見ます。
経済的に見ても、大きなマーケットを持っているなずで、パチンコ産業30兆円を支えているのも、ヤンキーではないかと考えられ、ヤンキーをよく研究し、それが支える文化を考えないといけないのでしょう。ヤンキーといえば、カネがないと考えがちですが、ヴィトンなどの高級品や光物をささえてもいるのです。

本書で私が知らなかったのは、「腐女子」というものです。やおい愛好者を腐女子と呼ぶのだそうですが、そもそも「やおい」とは、「やまなし」「おちなし」「いみなし」の頭文字をとったもので、女性が女性のために創作する男同士の性愛を描いた作品ジャンルのことだそうです。池袋に乙女カフェというものがあり、宝塚歌劇のような男装の女性が相手をしてくれるそうです。
美男同士のセックスを描いたマンガを本屋で見たことがありますが、男子としては気持ちが悪いですが、ひとつのジャンルとして確立しているのですね。本当は、マンガのようなゲイではないでしょうが、まさに女性が作ったゲイのあり方のようです。

全体を通しては、80年代は努力やセンスや外見次第で差はどうにでもなるということがわかってきた時代で、そのジタバタが面白かった時代だったのですが、今は明らかにジタバタする人は少なくなってきています。
三浦展の「かまやつ女」などを読むと、ジタバタが全くないのが良くわかります。酒井氏は時代が「緩くなった」と表現しています。斎藤氏は、上の世代が「もっと希望を持て」という叱咤激励は、それこそ余計なおせっかいかもしれないといいます。
本書では酒井氏が斎藤氏にオタクややおいなどを教えてもらいながら対談をしていくのですが、酒井氏が気になったのは、それぞれの文化である島に「男だけ」とか「女だけ」とかひとつの島にひとつの性しか住んでいないケースが多いことに気がつきます。酒井氏の「負け犬」も女性同士の世界ですものね。日本では、小さな島同士の間では互いに理解しあう風潮が生まれているようだが、実は男と女という最も基本的かつ最も大きなトライブ間で、「どっちが勝ちか」とか「どっちが幸せか」といった諍いが盛んに行われ、その結果、「もういいや」と同性同士が固まるようになっているのではと推測しています。
両者の距離を遠くさせているのは、性愛ですが、両者の距離を近づけるのもまた性愛なのでしょう。

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著者:斎藤 環,酒井 順子
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受信: 2007年1月14日 (日) 14時48分

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受信: 2007年1月30日 (火) 12時50分

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