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2007年3月25日 (日)

これから何が起こるのか

「これから何が起こるのか」  田坂広志

先ず、言います。これは読むべき本です。田坂氏の本は、どれもいつも時代を正確に捉えていると思います。本書もIT革命やウェブ2.0革命によって世の中がどう変わり、我々はどう生きるのかを教えてくれます。
ウェブ2.0などのキャッチフレーズに踊らされず、その本質を説いていきます。

「情報革命」とは、「情報技術」の革命ではありません。「情報革命」とは「情報のあり方」の革命のことです。ウェブ2.0革命といわれているものは、先ず、情報革命を大きく進化させていきます。そして、その情報革命の進化は、次いで、「市場」「消費者」「企業」「ビジネス」「商品」「サービス」「戦略」「マネジメント」「知識」「資本」など「資本主義の基本要素」と呼ばれているものを、それぞれ進化させます。
しかも、資本主義が変わるだけでなく、「政治」「社会」「経済」「文化」のあり方そのものを根本的に変えていきます。
その結果、我々の「働き方」と「生き方」が変わります・

情報革命の本質とは何でしょうか。それは情報主権の移行のことです。それはこれまで世の中で「情報の主導権」を持たなかった「情報弱者」がその主導権を手にする「権力の移行」が起こっているのです。

ネット革命は社会の隅々で3つの革命を起こしています。
第1は、情報バリアフリー革命。これまで世の中に存在した様々な「情報のバリア」が壊され、誰でも手軽に、欲しい情報を入手できるようになる革命です。
第2は、草の根メディア革命。世の中には草の根メディアと呼ぶべきものが数多く生まれ、誰でも手軽に自分のメッセージを発信できるようになっていく革命です。(このブログもそのひとつでしょうか)
第3はナレッジ共有革命です。単なるデータのレベルの情報だけでなく、高度な「ナレッジ」(知識)レベルの情報が多くの人々の共有できるようになっていく革命です。

また、2000年頃から始まったブロードバンド革命はいかなる革命だったのでしょうか。それは3つの壁を打ち破りました。
上記で書いた3つの革命には大きな壁が存在していました、それをブロードバンド革命が打ち破ったのです。
第1が通信料金の壁です。常時接続と定額料金が当たり前になった今としてはわかりやすいでしょう。
第2が機器操作の壁です。ブロードバンド革命とともに普及した携帯電話やPDAなどの携帯端末が機器操作の壁を打ち壊しました。今やケータイからインターネットに接続するぞという意識は無いでしょう。
第3は文字情報の壁です。ナローバンドの時代は文字情報しか共有できませんでしたが、写真や画像などの情報はデータが重いため、自由に共有はできませんでしたが、今や、音楽や映像まで共有できています。
これらによって、ウェブ2.0革命への道が切り拓かれました。

では、ウェブ2.0革命は何をもたらすのでしょう。
まず、「衆知創発」への革命と進化しています。誰でも多くの人々の知恵を集め、新たな知恵の創発を促すことができるようになります。これには集合知への信頼があります。一人の専門家の知識より多くの人々の知恵を集める方が正しい答えに到達できるという考えです。昔から衆知を集めるという方法は誰もが納得する方法であったことは確かでしたが、その手段がウェブ2.0によって提供されたことになります。
また、ウェブ2.0革命は、主客融合の革命へと進化します。主客融合とは、生産者と消費者、企業と顧客、情報発信者と受信者が一体化し融合し区別がつかなくなっていくことです。草の根メディアが単なる情報発信から協働作業へと深まっていくからです。アルビン・トフラーが言っていたプロシューマ型開発が明確なビジネスモデルと進化してきました。
さらに、生産者主導から消費者主導へ、消費者中心への開発に変わって来ています。

さて、ナレッジ共有革命はウェブ2.0によってどう変化するのでしょう。
感性共有の革命へと進化しています。ウェブ2.0は単に数字や文字だけでなく、音声や音響、音楽、写真や映像、映画など感覚や感性に直接的に働きかける情報を簡単に共有できるようになります。ユー・チューブなどがいい例でしょう。著名な専門化ではなく、草の根の人々が表現者なのです。革命と呼ばれるのは、表現行為が無名な人々によって行われるようになっていることです。

ネット革命やウェブ2.0革命はアメリカ主導のように思えますが、世界の情報革命の主導権を握っていくのは日本だといいます。その鍵は「ユビキタス革命」です。ユビキタスも情報主権の革命です。
第1は、個人のユビキタス化です。最も身近な例がケータイです。電話帳、電子手帳、電子辞書、電子メール、電子マネー、クレジットカード、会員カード、音楽プレイヤー、GPS、バーコードリーダーなどマルチ情報端末になっています。
第2は商品のユビキタス化です、ICタグやQRコードで商品情報などが手に入るようになりました。
第3は、空間のユビキタス化です。その空間の中にいる人物の持つICカードやICタグなどと対話し、情報交換やサービス提供が行われます。
日本というのはユビキタス革命の中核的技術となる「携帯電話」「自動車」「家電」「ICタグ」においても世界をリードする技術力を持っているのです。それ以上に、ユビキタスに不可欠な「深い配慮」や「細やかな心配り」といった点でも世界に誇る文化力を持っているのです。

企業にとってはどんな戦略が必要になってくるのでしょうか。良い商品を作ることより、商品生態系の進化を意図的に作り出すことです。ベータがVHSに敗れた、マックがウィンドウズに破れたのは技術が劣っていたわけではありません。商品単品より、商品の生態系の作り方で負けたのです。現在iーPodは商品生態系をうまく作り出せたことで勝利を納めています。
ネットを使って商品の生態系を作り出す上で、重要な場があります。ネットの中の顧客の声が集まる場です。それらは企業のサイトやポータルサイトなど目に見えやすい場ですが、新たに目に見えにくいが影響力の強い場が現れています。それは「ブログスフィア」です。これはブログ圏と呼ばれるもので、無数の個人がトラバやコメントで結びついているものです。
企業は、目に見えない顧客コミュニティーに耳を傾ける必要があります。ブログウォッチングをすることです。これらは従来のアンケートやインタビューに比べて、バイアスのかからない正直な声が聞けるはずです。企業は、これらブログにより深く、耳を傾け、より立体的に顧客の姿を見る必要があります。

本書は、他にもマネジメントあり方の変化や、知識に対する変化、そして最後に、ウェブ2.0革命が、資本主義を日本型資本主義へと回帰させていく話がわかりやすく述べられています。

田坂氏の本はこれまでにも何冊か読んでいますが、時代を洞察する力が鋭く、本書も手元において、今を働く中で読み返してみたい本のひとつです。

これから何が起こるのか Book これから何が起こるのか

著者:田坂 広志
販売元:PHP研究所
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2007年3月24日 (土)

新型インフルエンザ

「新型インフルエンザ」 山本太郎

日本でも鳥インフルエンザの被害も出ていますし、アジアを中心に鳥インフルエンザが流行しています。鳥インフルエンザも、高病原性の型であり、いつ新型インフルエンザの変異し、世界中に猛威をふるうかは時間の問題といわれています。時間の問題というより、いつ新型インフルエンザが発生してもおかしくないという状況でしょう。

専門家によれば、一般的にそれまでヒト社会で流行したことがなく、それゆえに免疫を持たない新型インフルエンザがヒト社会に出現した場合、感染者数は天文学的な数字になるといわれています。世界人口の4分の1から半数程度が感染するといわれています。
スペイン風邪と呼ばれた1918年の新型インフルエンザの場合、当時、世界人口が18億人から20億人とも言われた人口を基に計算すれば、感染者数は4分の1としても4億5千万人から5億人。半数とすれば、9億から10億人ということになります。現在の人口に当てはめてみて、致死率を50%とすれば、予測死亡者数は、8億から16億人となります。
1918年は、死亡者数4000万人から5000万人とされていますが、これにはアフリカやインドの死亡者数が含まれておらず、これらの国々を考慮すると1億6千万人から3億2千万人は死んだと予測ができます。

新型インフルエンザは昔は40年から50年周期で発生していましたが、現在では、26年周期くらいに短くなっているそうです。これは世界人口の増加により、人口密集度の増加や食生活の近代化、家畜飼育の質的変化・量的増大といった要因が考えられます。

インフルエンザには、強毒型と弱毒型に分かれます。これまでは弱毒型が多く幸運だったのですが、今、鳥インフルエンザは、高病原性の強毒型のインフルエンザです。強毒型インフルエンザがヒトに感染した場合、どうような状況が現れるのか。そうした状況下では、ありとあらゆる臓器に障害が生じ、肺炎だけでなく、心筋炎や脳炎、あるいは激しい下痢症状が現れ、出血傾向を伴う多臓器不全が引き起こされることになります。これまでに私たちが経験したことのない通常のインフルエンザの概念を覆す「超インフルエンザ」となる可能性があるのです。

インフルエンザというと、つい冬の病気と考えがちですが、鳥インフルエンザが東南アジアからヨーロッパまであるように温度とはあまり関係がないようです。インフルエンザについてはまだ研究が進んでおらず、季節性のある温帯地域に比べ、熱帯地域ではピークを示すことなく、通年を通して穏やかに流行しているようです。

新型インフルエンザが発生した場合の経済に与える影響もばかになりません。
それより、どうしたら自分は感染しないようにするか。
マクロでは、発生地域を封鎖することが必要ですが、地域封鎖で他地域への感染は抑え切れません。流行の時間稼ぎをするだけです。

本書では細かな対策は載っていませんが、先日テレビでは、外出しないこと、そのために家に水や食料の備蓄をするように呼びかけていました。病院にいけば、連れて行った人まで感染することになりますし、薬は先ず、医療関係者が使うことになっていますので(こうしないと医者がインフルエンザで倒れると治療もできない)、国民全員に薬が回るとは限りません。
何より、国内での発生がわかった時点で、感染しないように、家に閉じこもるしかないでしょう。
企業も新型インフルエンザ対策を立てておかないと、企業活動が止まることになりますが、社員であるわが身を考えると、会社をクビになっても、出社拒否をして生き延びる方を選択したいです。もし、電車で会社に行ったら、インフルエンザウィルスに感染するでしょうから、妻や子供のことを考えると家には戻れないでしょうね。

新型インフルエンザ―世界がふるえる日 Book 新型インフルエンザ―世界がふるえる日

著者:山本 太郎
販売元:岩波書店
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2007年3月21日 (水)

人口が世界を変える

「人口が変える社会」 日本経済新聞社編

日本では人口減少について多く語られますが、世界的に見て、人口問題はどうなのでしょう。多くの先進国では人口が減少していっています。
世界中を眺めて、人口の増減がどのように影響を及ぼすのかをわかりやすく示してくれるのが本書です。つい、自分たちの身の回り(中国や韓国くらい)しか議論に上りませんが、ヨーロッパや中東、アフリカなど、これからどうなるのか興味深い数字が多く登場します。

例えばEU。現在、EUではドイツが82百万人と最大ですが、早ければ2010年代には、総人口でトルコが抜いてしまうとのことです。将来、トルコがEUに加盟すれば、ドイツと並ぶ大国となり、イスラム教の国としてEUでの発言力が強まるはずです。
ポーランドでは、「頭脳流出(ブレイン・ドレイン)」が深刻な問題となっています。エンジニアなどの技術者や高学歴者が高い生活水準を求めて、英国やアイルランドに転出してしまいます。
受け入れ側では経済の活力が一層高まりますが、流出する方はたまりません。EUの仕組みでは、勝ち組と負け組みの差が一層広がってしまいます。
ところで、ポーランドは人材流出してどうなっていると思います?自国より賃金水準の低い隣国ウクライナから数十万単位の移民受け入れをしているそうです。

インドに目を向けてみましょう。
国連によると、インドの人口は2035年までに中国を抜き、世界最多に躍り出ます。2050年には15億人を超え、東南アジア諸国全体の人口にほぼ匹敵する規模になります。インドの人口ピラミッドはきれいに裾野の広がった三角形であり、若年労働者人口が2025年に5億5千万人に膨らみます。米国情報会議(NIC)の2005年報告では2020年までには、インドのGDPは欧州に匹敵する規模になるといいます。
人口増は1億6千万人のパキスタンや1億5千万人にせまるバングラデシュを含めて南アジアに共通する課題です。この地域の人口は2050年に24億人に膨れ上がり、世界の人口の4人に1人が南アジア人という時代が来ます。

BRICsに一角であるロシアの状況には興味をそそられます。ロシアは世界最大級の原油・天然ガスの輸出国として高い経済成長を遂げていますが、裏腹に貧困層も増加し、年間5万人の自殺者を出し、死亡率が上がるとともに出生率が下がる現象が起こっています。ロシアだけでなく、旧ソ連のウクライナやベラルーシも同様です。91年スラブ国家のロシア、ウクライナ、ベラルーシの人口は、91年のソ連崩壊からこれまでに1千万人少なくなっています。2050年までには、さらに5400万人(27%)減ると予想されています。極東やシベリア地区の過疎化が止まらず、中国人が流入しているそうです。世界の安全保障を考えると、ロシアの急激な衰退は世界全体のバランスを大きく崩しそうです。スラブ民族が消えるという話も冗談ではないくらいの危機です。

現在、経済で好調な中国はどうでしょう。人口増加に歯止めをかけるべく取られた一人っ子政策により、次世代に大きな不安要因を抱えています。年金制度がほとんどないまま、一気に少子高齢化社会を迎えるわけですから、経済面、社会面と大きな課題を抱え、経済成長もいつまでも続くとはいえない状況です。

ところで、世界人口は何人かわかりますか? 2006年10月13日、世界人口は65億5千万人を超えました。65億人に達した2月25日から約8ヶ月で5千万人増えています。1日あたり20万強です。国連では、2050年までに120億人に達する可能性があると指摘しています。日欧を中心に人口が減る中で、イスラム教徒が多数派を占める国では人口が増加しています。今後、20年で、世界人口に占めるイスラム教徒の割合は3割になる予想があります。

経済なども超長期で見ていくと、各国の人口動態をよく観察しておかないといけませんね。

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2007年3月18日 (日)

Dolce ドルチェいろいろ

「ドルチェ」(DOLCE)

ドルチェとは、イタリアの料理用語でスイーツ(デザートや菓子)のことです。しかし、音楽記号では、甘くやわらかくという意味です。
最近の音楽CDでは、千住真理子が「ドルチェ」というアルバムを出しています。本アルバムは、最近流行りの音楽の短編集という感じです。まさに有名なきれいな音楽ばかりで、ドビュッシーの月の光だとか、パッヘルベルのカノン(一人で多重演奏)などの美しい音楽ばかりで、心を落ち着けたい時に聞くにはいいかも知れません。本アルバムでは、最近よくみなさんが演奏するラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」も入っており、私的には一番好きな演奏ですし(単に個人的に好きな曲なのでそう思うかも知れないですが)、ドルチェの名前にふさわしい1曲です。

タイトルで同じ「ドルチェ」では、女優兼モデルの松下奈緒のピアノ曲があります。こちらは、自作も多いピアノ曲集で、私の持っているアルバムでは一番の癒し系です。テレビの主題曲や自身で出演した映画のアジアンタムブルーの曲などを演奏しています。女優より、ピアニストとしての方が表現力があるように思うのは私だけでしょうか。とにかく心に染み入る演奏力です。ドルチェの甘くやわらかにというだけでなく、静かで穏やかな雰囲気を醸し出しています。夜、寝る前にでも聞くと本当に心が落ち着きます。このアルバムはクラシックコーナーではなく、J-POPのコーナーで売られていますが、バイオリンの川井郁子がクラシックコーナーなら本アルバムも同じだと思うのですが。

もうひとつ「ドルチェ」という名前のつく最近のアルバムとしては、松田理奈の「Dolce Lina」があります。本アルバムは、モーツァルトのヴァイオリンソナタを中心に小品を交えたアルバムです。ここにもフォーレの「夢のあとに」のように最近はやっている美しい曲も含まれています。松田理奈があまりにも可愛いため、アイドル系のようなジャケットですし、売られ方もそのようです。確かにジャケットに引かれて買う人も多いことでしょう。アルバム自体は、松田のヴァイオリンは控えめな感じで、伴奏のピアノがきれいに響いているのが耳につきます。今後の活躍が気になる松田理奈です。

バイオリンレパートリー 千住真理子/ドルチェ Book バイオリンレパートリー 千住真理子/ドルチェ

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ドルチェ・リナ~モーツァルト:2つのヴァイオリン・ソナタ他~(初回限定盤)(DVD付) Music ドルチェ・リナ~モーツァルト:2つのヴァイオリン・ソナタ他~(初回限定盤)(DVD付)

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2007年3月17日 (土)

悪夢のサイクル

「悪夢のサイクル」  内橋克人

内橋氏といえば、規制緩和などネオリベラリズムに対して批判的な立場で、よくテレビでも発言されています。その立ち位置は常に弱者の立場に立って発言されています。私は、どちらかというと官僚支配や規制による既得権益者の排除に賛成をする方ですが、やはり、なんでもかんでも自由ではいけないでしょうし、それを内橋氏は舌鋒するどく指摘します。

さて本書を紹介しましょう。
格差問題が騒がれますが、先ず数字を。1970年代、所得階層の上位20%総所得と下位20%のそれとを比較したとき、その差は約10倍にすぎませんでした。ところが、1980年代の後半にはそれが20倍にになって、現在はどうかというと、168倍にもなっています。
1億円以上の資産をもつ日本の富裕層は年々増え続け、今日では141万人。世界の富裕層の16.2%を占めるといわれています。
一方で、かつては中流の暮らしを楽しんでいた家族は中流から脱落し、ギリギリの生活をしている状態です。OECDの調査では、日本はOECD加盟国中ワースト5の数値であると報告してます。
また、厚生労働省の国民生活基礎調査によれば、日本の1世帯あたり年間所得の中央値は476万円。その半分238万円以下の所得で生活する人々が、日本には6.5世帯に1世帯あるという計算になります。
正規雇用者が減り、非正規雇用者が増えていますが、労働力調査などによる平均年収の計算では、正規雇用者454万円に対し、契約・嘱託250万円、派遣社員204万円、パート・アルバイト110万円と大きな開きがあります。
30年前であれば、公立小学校のクラス40人の父親の職業を聞けば、自営業以外は、全員が会社員だったはずです、ローンを返済しながら家族と家を守るお父さん。でも今は違います。失業中であったり、厳しい条件の派遣労働で家計を支えていたり、子供が就学援助を受けたりする家庭がクラスにいくつもあります。
我が家でもそうですが、小学生の子供は私立の中学を目指して進学塾に通っています。(経済的に私立にいけるかどうかは微妙ですが) 進学塾にしても私立の中学の年間授業料にしても約100万円、トヨタなどが出資してエリート養成の中高一貫校では、寮費込みで年間300万円です。
これは、実に重要なことです。富裕層のみ、私立進学の道が開かれているということは、結果としての平等だけではなく、機会としての平等も今日の私たちの社会は失っていることになるからです。
我が子の受験で感じていますが、私立中学の場合、平均して週に最低6時間以上の英語・数学の授業がそれぞれありますが、公立中学の場合、2002年度の指導要領の改訂以来、それぞれ週3時間の授業しかありません。貧乏人は勉強の量も少ないということでよいのでしょうか。

どうして今日のような社会の姿になっていったのでしょうか。私たちは1970年代以降に我々の気づかないうちにさまざまな政策の変更がなされていったと著者は言います。
1960年代、アメリカの傍流経済学者であったフリードマン等の学者の頭の中で生まれました。
特に、80年代後半に日本にアメリカから押し寄せてきます。「内需拡大」「内外価格差是正」「規制緩和」「努力が報われる社会」「構造改革」・・・その時々にキャッチフレーズを変えながらそれはやってきたのです。多くの人々がその政策変更の本当の意味をしらないままにやってきたのだといいます。

変化はまずアメリカで起こります。レーガン時代です。政策変更は大きく分けて3つあります。1.規制下にあった産業を自由化する。2.累進課税をやめる。3.貿易の自由化。そしてアメリカのミドルは一部の富裕層とそれ以外に二極分化が進んでしまい、上へ行くのはわずかで、下へ下へと吐き出されていく。かつて、戦後日本人があこがれたアメリカの中流層は、80年代に急激にやせ細り、低所得層へと吐き出されていく有様がはっきり見て取れます。
アメリカでも規制緩和が始まるまでは、ひとつの会社にずっと勤め続けるという、日本的な終身雇用に近い境遇が普通に見られました。
規制緩和による競争の激化を理由に多くの従業者を解雇し、残った従業員に対しても給与カットなどの賃金水準切り下げ、長時間労働など労働条件の悪化を強要しながら、経営者だけは100万ドル近いサラリーを得ていきます。働く人々の生活水準は劇的に低下し、経営者と株主、投機家という一握りの強者が莫大な富を手にする。それが規制緩和によってアメリカで起こった現実です。
日本で今、起こっていることがアメリカの歴史を見ればわかるでしょう。

税制のフラット化も日本がアメリカに追随した変更したルールです。累進課税制度は第二次世界大戦後各国で採用され、各国は累進課税制度による所得再分配機能を通じて、厚い中流層をもった社会を目指してきました。アメリカやイギリスでは税のフラット化が進んでいます。これは富裕層に対する減税政策であり、中流階級への減税はほとんどありません。一方で消費税は増えています。つまり貧乏人はなけなしの金を吸い上げられ、金持ちは自由になる金をふんだんに与えたことになるのです。
ただ、この問題は日本国内だけ、累進税方式に戻しても世界がそうなっている中、グローバル化の中では、富裕層や企業が海外に移ってしまうということにもなり、なかなか難しい問題です。

それでは私たちは、どうすればよいのでしょう。
まさか、国家が経済を計画する社会主義の失敗は歴史が証明しています。だからといいって自由放任で規制緩和をいくら追い求めても完成はありません。
著者がはっきり言っているのは、「人を市場に合わせる」のではなく、「市場を人々に合わせて調律する」ことだといいます。市場というのは否定すべきものではありません。かといって野放しにして良いものでもなく、市民社会的制御のもとに市場メカニズムを置くべきだという議論になるわけです。

目を日本という国をありように向けるなら、グローバリズムの名の下にITマネーに支配される「虚の経済」に適応してゆくのではなく、実需と生産、勤勉と労働に基づく「実の経済」をめざし、国家としての足腰を鍛え、虚の経済に立ち向かっていく必要があります。
経済中心ではなく、人間中心の、持続可能な街づくり、環境を守ること、金銭のやり取りだけではない、人間同士の関係を深めてゆくケアモデルの確立が必要だと。

悪夢のサイクル―ネオリベラリズム循環 Book 悪夢のサイクル―ネオリベラリズム循環

著者:内橋 克人
販売元:文藝春秋
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2007年3月11日 (日)

日本のポップパワー

「日本のポップパワー」 中村伊知哉・小野打恵

高度な工業化社会を遂げ、失われた10年を過ごした日本であり、さらに、今やBRICsの成長によって、日本の成長を支える構造が変わっています。
著者は、産業「文化力」が新時代を切り開くといいます。
経済の新時代を切り開くには、技術にも制度にもイノベーションが不可欠です。しかし、これまでの技術、これまでの制度をいくらつないでみてもイノベーションというほどのものにならない。時代を引っ張るエンジンが必要です。
そこで中心問題は、コンピュータや通信網の供給面ではなく、産業社会の各場面でITをどう活用するかである。私たちの生活様式の総体、つまり「文化」が主題になる。その意味ではこれから求められるのは産業文化のビジョンにほかならない。
従来、産業文化の議論は、文化を高級文化と大衆文化に区別していましたし、文化の名に値するのは高級文化だけという意識があったように思います。しかし、現在では、そもそもそれらを区別が消滅しているようです。

経済産業省によると、世界のテレビアニメの60%が日本製で、アメリカのキャラクター商品を含む日本のアニメ関連市場は、2002年に約43.6億ドル、2004年には48.4億ドルに達したという。
「ポケモン」は世界67ヶ国と2地域、「クレヨンしんちゃん」は世界46ヶ国で放映されている。2004年、日本のゲームソフトの約半分が海外に出荷され輸出額は2326億円、輸入額は30億円で、実に80倍となっている。ゲーム機とソフトを合わせた世界への輸出額は5644億円に達します。

日本の文化的な影響力は静かに成長してきています。ポップミュージックから家電まで、建築からファッションまで、そしてアニメから料理まで、日本が80年代の経済パワーが成し遂げた以上の文化的スーパーパワーを示しています。アジアでも欧米でも、日本は若い世代にとって一種の憧れだ。この状況は、テレビゲームが浸透し、日本のアニメが高視聴率を稼ぐようになった90年代、日本が自らを「失われた10年」と呼ぶ期間にもたらされたものです。
日本がポップでクールと呼ばれる状況は、バーチャルなメディア空間に広がるエンターテイメントの世界だけでない。家ではロボット・ペットを飼う。外では写真やビデオをケータイで撮る。回転寿司を食べてカラオケで騒ぐ。アルコールもヌードルも自動販売機で買え、帰るのがいやならマンガ喫茶なりラブホテルに行く。そうした空間のデザインやライフスタイルもまた日本の特異な姿として海外に紹介されている。
もちろん若者は和製文化に閉じているわけではない。同時に彼らはGAPとナイキをまとい、HipHopを聴きながら、スタバで待ち合わせし、グーグルとウィンドウズとインテルでネットにアクセスし、最新のハリウッド映画をチェックし、ディズニーランドに出かけていく。日本の流行文化は、こうした西洋文化と違和感なく混在しながら、それとは別種の形としてポップな存在感を示している。
著者は、将来の歴史書には、90年代は産業が停滞した10年というより、海外に文化進出を遂げた10年、にこやかな顔を見せた10年、そして新しい軸を生んだ10年として刻まれるだろうといいます。

マンガ、アニメ、ゲームや、キャラクター商品、テーマパーク、アミューズメントパーク、コンサート・お笑い・スポーツ観戦に、パチンコやパチスロを加えると、直接ポップカルチャーといえる市場は36兆円にも上り、メディアコンテンツや、コミュニケーション、広告、印刷など強く波及効果を及ぼす分野を加えると100兆円以上の市場といえます。景気対策に使われる土木・建設の分野ですら51兆9千億円の規模を考えると日本のポップカルチャーの大きさがわかります。ちなみに食品産業は100兆円です。

昨年は、邦画収入が洋画収入を上回りましたが、世界のコンテンツ産業全体でみるとアメリカに比べると圧倒的に低い。その中にあってマンガやアニメは圧倒的な力を持っている。アメリカでの日本のアニメ市場規模は43.6億ドル(2002年)は、日本からの鉄鋼製品輸入の3.2倍になっている。
日本は、また新たな超大国として再生しつつあるとの見方も海外にはあります。日本のグローバルな文化的勢力は衰えを知らないといいます。
確かに、海外でのすしブーム、マンガブームなどを見ていると、新たな潮流を感じると思います。
反日運動の高い中国でさえ、ジャパンクールが影響を及ぼしています。先般でも日本のマンガの放映をゴールデンタイムから締め出す措置がとられたくらいですから。中国では共産党政権下で、漢字の簡体字の普及が進みましたが、日本のポップカルチャーが入ってくるに従い、日本で使われている旧字体をポップと感じているようです。旧字体だけでなく、ひらがなもポップだと思われているそうです。

海外で注目されている日本のポップ文化ですが、文化政策のスタンスを構築する段階にきているのでしょう。
通信と放送の融合政策、ポップへの選択と集中、人材育成策などを考え、日本の主流文化として、正当に評価する必要があるようです。

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2007年3月10日 (土)

原稿用紙10枚を書く力

「原稿用紙10枚を書く力」 齋藤孝

子どもが作文や感想文に四苦八苦しているので、読んでみました。子ども向きでは決してないのですが、ヒントはたくさんあったように思います。
最近は、ケータイメールやブログによって、若い人は文字文化がまた浸透してきているようですが、本来の構成された文章を書くまでにはなっていないと思います。本書には、本当の文章をどう書けばよいかを、著者の経験などから説明してくれています。

よく文章を考えるときに、起承転結を考えなさいといわれますが、順番に「起」から考えてはダメですよと言います。まさに何か書きたいことがあるなら、「転」を考えろと。「転」がきまれば、無理やり起承を作り、結は最後に無理につけるという方法を教えてくれます。確かに面白い部分を考えて、それを生かすために前後を考えるといいかも知れませんね。

読書感想文の宿題が出たときに、子供は苦しみますが、先生にもただ書いてきなさいというのも間違いだと。子供なんだから、具体的に「読んで大切だと思ったことを3つ上げて、そのことについて書きなさい」と指示してあげたほうが書く手がかりになり、子供も書きやすいし、書き方や、それぞれが思ったことを書けるといいます。大切な部分でなくても面白いと思った部分を上げなさいでもいいのです。あげさせるには3つが最適なようです。1つや2つならつまらないものになるし、十や2十なら、相互の関係が整理できないので、3つくらいにしておくのが適当だそうです。
そういえば、会社でも、企画書では、なぜだとか、問題点などは3つくらいに集約しますよね。よくMBAを取った人も、理由として、「それは3つあります」なんて言って、もっともらしく話しますね。
また、一冊の本の中で好きなところを3つ取り出してみると選んだ人のオリジナリティがそこに出てくるはずです。子供にこの作品の好きなところをひとつあげなさいと聞くと、好きな部分が重なることが多いのですが、3つあげさせると、2つまでは重なっても、3つ全てが重なることはなく、そこにオリジナリティが出てくるのです。

内の子の特徴ですが、作文を書かされるときに、すぐに書き始め、すぐに行き詰ってしまいます。最近の大学生も同じだそうですが、普通は書く前にキーワードを拾い出してメモを作ることが大切だと言います。ネタをはっきりさせることが大切なのです。キーワードを拾い出してから始めて全体の構築をするという作業に進ませる。ネタの洗い出し、すなわちキーワードを拾い出すことが前提になるのです。
書くことは構築することであることを認識しないといけないのです。

読書感想文で、もう少し上級編になると、自分のアンテナに引っかかりを感じた部分をはっきりさせ、それにベスト3、ワースト3まで順位をつけてみることを勧めています。3箇所を選択させたら、それぞれの部分について、言いたいことをまとめさせ、引っかかった部分の3箇所を組み合わせることで、読んだ人がその本を通じて得られた具体的なものが必ず出てくると言います。

文章は構築力が大切ですよね。会社で企画書なら、端折って言えば、1.現状分析、2.真の問題点の発見、3.あるべき姿、4.解決策、5.人、モノ、カネを使った実施計画、というところで、構成が頭に入っていると思いますが、子供の作文も、自分なりに先ず構成をすることが大切ですよね。
子供なら絵コンテにするというのもいいかも知れません。

原稿用紙10枚を書く力 Book 原稿用紙10枚を書く力

著者:齋藤 孝
販売元:大和書房
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2007年3月 4日 (日)

鏡の法則

「鏡の法則」  野口嘉則

帯に「読んだ人の9割が涙した」と書いており、かつ本にしては薄っぺらく、字も大きいので、本当かなと思い読んでみました。
いじめられた子供のお母さんが主人公の実話だそうですが、思わず泣けました。子供を持つ親なら、その気持ちに心が動かされますし、自分を振り返り、思わず、涙がでます。作り物でない、本物の話の迫力があります。30分もあれば読める本ですが、量の問題ではなく、本当に自分を振り返り、新しく自分のあり方を見直させられる本でした。
本書は2部に分かれていて、前半は実話、後半は著者の解説になっています。
著者の言葉で心に残ったものをあげておきます。
「人生で起こるどんな問題も、何か大切なことを気づかせてくれるために起こります。
そして、あなたに解決できない問題は決して起きません。
あなたに起きている問題は、あなたに解決する力があり、そしてその解決を通じて大切なことを学べるから起こるのです」
つい、周囲や他人のせいにしがちですが、なんて前向きな捉え方なのでしょう。
本当は神様が試練を与えてくれるわけでもないので、なかなか、ここまでの気持ちで生きることは難しいでしょうが、こんな気持ちで、生活や仕事に向かえれば、いいですよね。そう思えれば、人生が豊になると思います。

鏡の法則 人生のどんな問題も解決する魔法のルール Book 鏡の法則 人生のどんな問題も解決する魔法のルール

著者:野口 嘉則
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2007年3月 3日 (土)

低度情報化社会

「低度情報化社会」  コモエスタ坂本

ネットの発達で私自身もブログを書いていますし、とってもたくさんの人がネットで情報を発信できるようになっていますし、いろいろな知識をネットから引き出せるようになってきますし、情報化が高度化しているようにおもいますが。。。

本書は刺激的な「低度情報化社会」です。それでは、低度情報化社会と何か。ひと言で言えば、ITメディアの発展によって無駄な情報があふれかえり、誰もがその膨大な情報洪水のなかで溺れてしまっている社会のことだそうです。それだけでなく、何が正しく有益な情報なのかわからないから、とりあえず手頃な情報ばかりに手を出し、あとはそこから進歩も発展もしない。結果、同じようなレベルの人間だけで集まり、別な世界から遮断されてしまうことを指すといいます。

確かにブログでも、様々な分野の高度な見解を読むこともできますが、軽いのりの日記もありで(ブログとはそもそもそういうものだから、みんなが情報発信できるのだと思いますが)、玉石混交であることは間違いないと思います。
本書では、グーグルやMixiの批判など耳の痛い話が続きます。なんだか、自分のリテラシーがなさけなくなります。
ネットの中ではくず情報が溢れていると指摘していますが、よく考えると本書だってくず情報かも。まして、それを読んでいる私は、低度情報化社会の低度化くんかも。

低度情報化社会 Ultra Low-level Information Society Book 低度情報化社会 Ultra Low-level Information Society

著者:コモエスタ 坂本
販売元:光文社
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