2010年5月14日 (金)

おかしな科学

「おかしな科学」 渋谷研究所X+菊池誠 (楽工社) 1500円

笑える本です。

2人の登場人物がぼけけとつっこみに分かれてにせ科学などについて語り合っていきます。
しかし、そのぼけ方のすごいこと。

爆笑問題のような感じですかね。

一番するどいと感じたところは、波動の話の中で、宇宙戦艦ヤマトの波動砲は120%のエネルギーを充填するがそれはエネルギーのロスが多すぎるとの指摘です。

そんな冗談も満載。電車の中で読んでいて、ニヤニヤしてしまいました。周りの人に変に思われるので、そっと一人で読むことをお勧めします。

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2009年1月 6日 (火)

セキュリティはなぜやぶられたのか

セキュリティはなぜやぶられたのかBookセキュリティはなぜやぶられたのか

著者:ブルース・シュナイアー
販売元:日経BP社
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「セキュリティはなぜやぶられたか」 ブルース・シュナイアー

信頼を託された人々なしで機能できるセキュリティシステムなど存在しない。運用には人手がいることが多いし、自動システムであっても、設置や保守をする人や故障時に修理する人など信頼を託された人々が必要である。

信頼を託す人々に裏切られないためには、三つの方法を実施する。(機械でも同じ)
第一、 信頼が必要なポジションには、できるだけ信頼できる人を置く。特に信頼が必要なところには特に注意する。
第二、 区画化である。信頼とは白と黒に分けられるものではない。つまり、ある人を信頼するかしないかという問題ではない。均質でもない。つまり、信頼を託す人々は、全員を同じ意味、同じレベルで信頼しなければならないわけではない。言い換えると、部分的な信頼とすればセキュリティは高められる。各人の作業に必要な情報とアクセス、権限を与えるのだ。
第三、 多層防御である。与える信頼範囲が重なりあうようにして、信頼を託された人同士が監視しあうようにすればよい。


セキュリティシステムにおいて、人は要である。対策を実施する役目を担うのも信頼を託された人々なら、人に代わって同じ対策を実施するように設計された信頼できるシステムを管理するのも信頼された人々である。このときの基本的な方針は、実行に必要な能力と権限、ツールを与えると同時に、その権限が乱用されないように定期的に監査を行うことである。

人を技術で置き換えると、人がもつ創造性や創意工夫、適応力が利用できなくなる。人間がすることに制限を加え過ぎると、人は無気力となり、同じ状況が生まれる。技術側では、人とその行動を非現実的なほどに理想化してしまう傾向がある。人は同じことしかしない、するはずのことを必ずして、するはずのないことはしないと仮定してしまうのだ。しかし、実際には、そんな一定の行動を人がするはずがない。同時に、そんなに融通が利かないこともない。技術的な対策は剛性が高く、障害がおきると大変なことになることが多い。

すぐれたセキュリティも技術を利用するが、その中心には人がいる。すぐれたセキュリティシステムとは人が持つ価値を最大限に引き出し、同時に、人につきものの脆弱性をなるべく抑ええるように設計されたものである。人は機転が利き、新しい脅威や状況に対処する力を技術では実現不可能なほど持つ。ある種の間違いは機械より多いかもしれないが、攻撃へ臨機応変に対処できるのは人間だけである。

ステップ1 「守るべき資産は何か」
これは、検討対象のシステムを明確にするきわめて重要な質問。
なお、大事なのが物理的資産でなく、その機能であることも多い点を忘れないように。

ステップ2 「その資産はどのようなリスクにさらされておるか」
この質問に答えれば、資産が直面する脅威を把握できる。そのためには、攻撃者とその目的について考え、その目的を達成するためどのような攻撃を仕掛けてくるかを考える。リスクを把握するためには、各種の脅威が起きる確率と起きた時の影響を明らかにしなければならない。

ステップ3 「セキュリティ対策によって、リスクはどれだけ低下するのか」
この質問に答えるためには、対策がリスクから資産をどのように保護してくれるのかを理解するだけでなく、さらに対策が失敗したとき何がおきるのかを把握しなければならない。
(この質問に答えるのは難しい。きちんと答えられるならセキュリティの本質がわかってきたといえる)

ステップ4 「セキュリティ対策によって、どのようなリスクがもたらされるか」
この質問に答えるためには、その対策が他の対策とどのように影響しあうかを理解すると共に、その対策を含む全体の中でどのように機能するのかを理解する必要がある。新たなリスクを生み出さないセキュリティ対策はほとんどなく、そのリスクを正しく把握することが大切。

ステップ5 「対策にはどれほどのコストとどのようなトレードオフが付随するか」
この質問に答えるためには、その対策がセキュリティ以外の事柄とどのように影響しあうのかを理解する必要がある。対策は、守る資産の機能に必ず影響を与える。他のシステムにも影響を与える。対策にはコストがつきものである。お金という意味だけでなく、利便性や使い勝手、自由度などのコストが発生することがある。トレードオフによってセキュリティが上下するとは限らないが、セキュリティよりトレードオフの方が大事なことも多い。

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2008年12月21日 (日)

情報革命バブルの崩壊

情報革命バブルの崩壊情報革命バブルの崩壊

販売元:楽天ブックス
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ネット絡みの本であり、崩壊という言葉から技術についても書かれているのかと思いきや、ネットの内容やあり方について、まっとうな正論が書かれている本である。

初っ端の章から、「本当に新聞はネットによって読者を奪われたのか」のタイトルどおり、世間では結構疑うことなく、ネットで若者は新聞も読まないでネットでニュースをみるのだろうと思っていたりしますが、新聞社は膨大な量の情報を毎日誰に届けて、誰がどこを読んでくれるのか調べているのかと問います。まさに、新聞社は、無理やり販売店が売っているだけで読者が何を求め、何を気に入って読んでくれているのか調べていない気がします。いったい、新聞って何をしようとしているのでしょうか、売上が落ちているのはネットのせいなのでしょうか?検証していますか。本当は、きちんとターゲットにふさわしい情報を届けていないのかも知れません。ネットでは何でも乗っているといいながら、新聞って毎日、相当量の読み切れないくらいの情報量のはずです。

最終章では、ネットの無料コンテンツに対して、まっとうな異議を唱えます。確かに無料で映像配信だとかはネットのインフラに乗っていて、そのインフラを維持する会社が結局資金を出しているのですから、やはりコストはいつまでもかからないことはないですよね。なぜか、ネットは無料だと思い込んでいますが、そんなことありえないですのもね。

引用します。
「結局、新自由主義だの平和の配当だのと言われ、空前の金余りの結果、ハイテク産業という投資家に夢を見させる産業がフロンティアとして資金を集めて技術開発を先行させた。その高い技術を無料でユーザーに使わせなければビジネスモデルが組めない、というのは、市場に資金が余っているからこそ可能なことである。」

「無料文化というネットにカネを払わないユーザー優先の世界ができたはいいがそれを支えていたのは世界の金余りであって、ユーザーの誰もがお金を払わず、ただ安いインフラ代金程度で未来永劫ネットが成長していくわけがない。つまりはユーザーが株価の下落や景況の大幅悪化、バブル市場に従事した金融業者の破綻のためにに税金を入れるというような、痛みとなって跳ね返ることになるのだ。」

そうそう、いつまでもただでいられることはないよね。

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2008年9月11日 (木)

「子どものうつ」に気づけない!

「子どものうつ」に気づけない!―医者だから言えること親にしかできないことBook「子どものうつ」に気づけない!―医者だから言えること親にしかできないこと

著者:傳田 健三
販売元:佼成出版社
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1.子どものうつはどんな病気なのか

中核症状としては7つ

身体症状

睡眠障害(途中で目が覚める、朝早く目が覚める。ときに過眠)
寝つきは比較的よいが、途中覚醒や朝早く目が覚めるが、それでいて朝はなかなか起きられない。

②食欲障害(食欲がない。体重減少)
食欲が低下し、成長期にもかかわらず、体重が減少する。

③日内変動(朝の調子が悪く、夕方から楽になる)
朝の調子が悪くて起床することができず、昼ごろまで布団の中でゴロゴロして起き出せない。夕方から夜にかけていくぶん楽になる。夜には、テレビのお笑い番組を見ながら笑っていたりできる。

④身体のだるさ(身体が重く、疲れやすい)
特に運動をしているわけでもないのに、疲れやすく身体のだるさを訴える。

精神症状
⑤興味・関心の喪失(好きなことが楽しめない)

⑥意欲・気力の減退(気力が出ず、何事もおっくう)

⑦集中力の低下(集中できず、頭が働かない)

2次症状として、無力感、劣等感、自責感、罪悪感、自信喪失など

上記の中でも、睡眠障害と食欲障害には特に注意。睡眠と食欲は人間が生きていく上で最も基本的な機能である。(うつは精神というより、身体の病気と考えた方がよいかも) 

うつには、きっかけがある。嫌なことだけでなく、願っていた事態になってもうつになる。むしろ環境の変化があったときにうつになりやすい。環境の変化があったとき、人間は頑張り過ぎてしまうことが多い。皆から期待される状況になったりすると、まじめで責任感の強い人は、ついオーバーワークになってしまうもの。

2.子どもへの対応

①両親で何度もじっくり話し合う。

②適度な反省は必要だが、必要以上に自分たちを責めない。原因をしすぎない。

③これから何をすべきかを考える。

④誰かに相談する。一人であるいは両親でのみ問題を抱え込まない。

⑤相談機関の医師、カウンセラー、相談員などと信頼関係を築き、情報を交換し合って、協力していく。父親もできる限り相談機関に行く。

⑥子供の立場になって考える。
(大人の立場で環境を変えようとし、大人としてできることを考えてしまう。また、大人になると子ども時代のことをすっかり忘れてしまうのかも知れない。一度考え方をすっかり変えて、今子どもはどんな気持ちなのか、なぜ子どもはそのような行動をとってしまうのかを、子どもの立場で考えよう)

⑦子どものよいところ、プラスの側面を見る。子どもが現在できている部分を評価する。
(子どものよいところ、症状や問題行動のプラスの側面に焦点をあててみる。学校に通っていなくても、自分の好きなことができているのであれば、自分がこれから本当にしたいことを探しているのだと考えて少し見守ってあげましょう。)

⑧子どもが思春期に達したら、これまでの対応を改め、一人の人格として尊重する。

⑨最終的には、自分たち両親が対応し、自分たちが支え、自分たちが状況を変え、自分たちが変わっていくしかないのだと腹をくくる。自分たちがキーパーソンであると認識する。

⑩すべてを一気に変えることは考えない。小さな変化を大事にする。今、ここからできることから始める。

【親子の合い言葉】
(1)3つの「あ」
「あせらず」「あわてず」「あきらめず」
少し良くなったからといって、あせってはいけない。はやる気持ちを気持を抑えて、自分のペースをつかむまでじっくりかまえ、完璧にやろうとしないこと。そして、自分のできることから少しずつはじめて、決してあきらめないこと。

(2)「今、ここから、できることから始めよう」
一度歯車が狂い始めると、なかなかもとの状態に回復させることは困難。不登校などを一気に解決はでいない。
また、物事を完璧にこなさなければ気が済まない性格の人や几帳面な人は、どうせやり直すのであれば初めから完璧にやりたいと願うもの。しかし、長く不登校が続いている人が突然登校できるようになり、朝から夕方まで教室で授業を受けられるようになることは残念ながらめったにない。完璧にやろうと思えば思うほど、完璧にやる自信がなくなり、結局すべてをあきらめてしまうという悪循環に陥ってしまう。
そのようなとき、とりあえず身の回りのできることから始めてみることです。

(3)「ジャマイカ」療法
こころの病気が快復したとき、皆さんが同じように言う言葉があります。「まっ、いいか」と思えるようになったということです。
これまでなんでも完璧にやらなければならない人が疲れ果て疲労困憊になって精神科を受診し、治療の中で回復と再発を繰り返しながら、少しずつ自分が見えてきて現実に気づくようになってきます。そんあときに、「まっ、いいか」とふと思うのだと言います。
これは、決して否定的な考え方ではありません。勉強も仕事も自分ができる範囲でやるしかありません。すべてを自分だけで背負いこもうとしても限界があります。世の中に完璧ということはありません。自分のできることをできる範囲で着実にこなしていこう―そう考えられるということは、現実にきちんと向き合い、乗り越える準備ができたということなのです。
「ジャマイカ」「ジャマイカ」「じゃまいか」「じゃ、まいーか」「じゃ、まっ、いいか」。これを「ジャマイカ療法」と呼ぶのです。

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2007年4月14日 (土)

社内ブログ革命

社内ブログ革命 営業・販売・開発を変えるコミュニケーション術 Book 社内ブログ革命 営業・販売・開発を変えるコミュニケーション術

販売元:日経BP社
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「社内ブログ革命」 シックス・アパート株式会社編

会社勤めの方は、社内でどのようなコミュニケーションをとっていますか。今や昔のように仕事が終わってから飲みにいくことも少ないのではないでしょうか。若い人ほど、昔ほど飲みには行かないようなきがします。また、年々、仕事は忙しくなって、仕事が終わって飲みに行く時間も取れません。
オフィスのビル内でも昔は給湯室などでタバコを吸う人同士がコミュニケーションをとっていましたが、今や喫煙室がビル内に1箇所か2箇所で、そこにいるのも5分とか10分とかと規則が作られている会社もあるのではないでしょうか。
私など、メールや電話で連絡して仕事をしている社内の人の顔も知らない人がいますし、まして、オフィス内ですれ違う社員の名前も所属部署も知らない人のほうが多い始末です。
あまりにも個人的なつながりがないので、仕事も事務的なものになってしまいがちで、もう一歩コミュニケーションが深まれば、仕事のアイデアもお互いの会話の中からレベルアップできるのではないかと思ったりしています。
特に会議など対面での場面では、相手を知っているかどうかで、一歩つっこんだ話ができるとか、ちょっとした無駄話からつながりが出来て、別の場面で情報交換ができることがあると思うのですが。
経営者の米国を真似した成果主義の導入にも、社内コミュニケーション不足が起こっている原因かも知れませんね。

現代の企業に失われたものが「インフォーマルなコミュニケーションの場」ということで、本書では「社内ブログ」を使い、企業の活性化の図り方を提案してくれています。それもユニクロや日本オラクル、カシオで実施されている社内ブログを例にとり説明してくれています。

失われていったインフォーマルな場とは、形式張らない、ざっくばらんな雑談のようなもので、仕事を進める上で最低限必要な業務連絡とは対極にあるものです。その消えていったインフォーマルなコミュニケーションが果たしていた役割とは、「創造」「連帯」「ガス抜き」の3つであるといいます。

非定型な情報はアイデアの宝庫であり、アイデアの貯金箱だともいえます。ユニクロでは、アルバイトも店で感じたことをブログにアップしたり、携帯から成功した商品の並べ方の写真をアップしたりして、社内全員で共有し、役員会でも当然意志決定にも使われます。

アイデアだけでなく、ガス抜きのためのタバコ部屋的なブログにしろ、多くのいろいろな人が集まる会社内では、本当にみんながブログを書いてくれるのか。
まして、ますます忙しくなっていくときにブログを書く時間が取れるのか、就業時間内に書いて、逆に業務に支障がでないのかなど問題山積だと思います。
本書では、実施企業の事例を挙げながら示してくれています。
しかし、自分の会社でどうしたら実現できるのだろうかとは考え込んでしまいます。社内ブログだけの話だけが問題ではなく、何でも同じですが、あとは、自分で自社にどう適用するのか、自社の問題は何か、必要なものは何かなどは当然自分で考えないといけないでしょう。

私は、付加価値を求められる時代であるからこそ衆知を集められるような仕組み、仕掛けが必要だと思います。かつて、ナレッジマネジメントが流行ったことがありましたが、ネットやブログの発達により、今こそ可能となってきていると思います。社内融和やKMを考える人には、本書は読んでもいいのではないでしょうか。

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2007年4月 7日 (土)

心にナイフをしのばせて

心にナイフをしのばせて Book 心にナイフをしのばせて

著者:奥野 修司
販売元:文藝春秋
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「心にナイフをしのばせて」 奥野修司

本書は、被害者と加害者の人生を描くことにより、被害者の保護が、加害者の救済に比べていかに劣っているかをいやというほど示してくれているノンフィクションです。
舞台は、1969年の春、今や横浜では中学受験では御三家に次ぐ進学校のサレジオ学園です。
一人の高校生が同級生にナイフでずたずたにされたあげく、首まで切り落とされて殺されました。
その後の被害者の家族は悲惨な運命をたどります。母親は、精神的におかしくなっていましい、著者が母親に取材しても、息子が死んで以降の1、2年の期間の記憶が無くなっているのです。それもそのはず、妹に取材をすると母親は葬式や法事では気を失ってしまい、違う人格が現れたり、何年も寝込んでいたりしていたのです。
当然、家庭は崩壊状態で、妹も手首を切ったり、50代になった今でもPTSDに悩みます。
当時の未成年の犯罪では殺人であっても少年院に2年も入れば、あとは何もなかったことになっていたのです。一人の命を奪った少年は、少年院で国家から無償の教育を受け、少年院を退院したあとも最高学府に入って弁護士になります。
一方、わが子を奪われた母親は、今や年金でかろうじてその日暮らしをしている。事件当時、慰謝料700万を殺人犯の親が支払うことになっていましたが、40万払っただけで、あとは払っていません。弁護士になった殺人犯は、法的にも親の支払うべき慰謝料を払う義務はないので、払うつもりもありません。まして、少年院で罪を償ったので、被害者に謝罪の言葉もありません。
30年以上が経過しても被害者は、今もあの事件を引きずっていますし、きっと生涯癒されない日々を過ごすのでしょう。

国家は犯罪者の更正にはコストをかけています。つまり税金を投入しているのですが、犯罪被害者のケアにはあまりにも知らん顔です。

著者がとりわけ驚かされたことは、母娘とも加害者を恨んでいなかったことだといいます。恨まなかったのは、自分たちの家族を回復させ、本来の姿を取り戻すことに精一杯で、加害者を恨む余裕が無かったためだと知ったとき、あらためて事件のすさまじい破壊力を知らされたといいます。

今、弁護士になっている犯罪者は、少年院で償いは済ませたといいますが、本当に更正したというのは、被害者家族に心から詫びたときではないでしょうか。

著者が弁護士を探し出し、被害者の母がその弁護士に電話をかけたときに、金に困っているのなら、50万なら貸してやるから、印鑑証明と実印を用意しとけと言い放ちます。それより、自分の親が払えなかった慰謝料を代わって払わせていただきますというのがせめても人間としての言葉でしょう。

殺人者は国が税金をかけて世に送り出し、殺人者を更正させたことにして、せっせと金儲けに励んでいるのに、被害者家族は今も苦しんでいる。
税金のかけ方を間違っているのではないでしょうか。

重苦しい気持ちの残る一冊でした。でも知っておくべき書であることは確かですし、多くの人に読んでもらいたいと思います。

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2007年4月 4日 (水)

ハイコンセプト

ハイ・コンセプト「新しいこと」を考え出す人の時代 Book ハイ・コンセプト「新しいこと」を考え出す人の時代

著者:ダニエル・ピンク
販売元:三笠書房
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「ハイコンセプト」  ダニエル・ピンク

「アメリカでは、この本に書いてあることが業界を超えて大きなうねりになっている。日本も例外ではない!」と宣伝されています。
ざっくり言えば、左脳だけの論理ではなく、これからの時代は右脳の感性も必要だということです。
アメリカ人にとっては、新鮮なことかも知れませんが、ひょっとすると本書を読んだ多くの日本人にとっては、今までやっていたことが書かれているのかも知れません。どちらかというと、右脳主義の日本人が、欧米のように左脳的な論理を学べと言われていたように思いますが、アメリカ人自らが、これからはハイタッチなサービスが必要だと言い出したようです。
副題も情報化社会からコンセプチュアル社会へとなっています。日本でも精神性などが逆輸入されているようですが、少し昔の日本人の生き方が見直されたという感じです。

著者の現状認識を見ていくことにしましょう。
先ず、第1の波(農耕社会)は、アルゼンチンやオーストラリアが圧倒的に強い。日本のように農産物輸入を規制しているところは、農民も何とか食べているが、それは納税者の犠牲の上に成り立っており、早晩持ちこたえられなくなる。
第2の波(産業社会)は、世界の生産基地となった中国が持っていってしまう。
そして第3の波(情報化社会)は、インドが世界のメイン舞台だ。これに中欧、アイルランド、オランダ、フィリピン、モーリシャス、マレーシアといった意外な国々が続いている。
我々はどうしたらいいのか。第4の波である。情報化社会からコンセプチュアルな社会、既成概念にとらわれずに新しい視点から物事を捉え、新しい意味づけをしていくという流れだ。国家や自治体より、企業よりも個人が富を生み出す時代であると。
著者は、そういう突出した個人は6つの感性が重要であり、それを磨かないといけないとうことを言います。
6つの感性(センス)とは、「デザイン」(機能だけでなくデザイン)、「物語」(議論より物語り)、「調和」(個別よりも全体のシンフォニー)、「共感」(論理ではなく共感)、「遊び」(まじめだけでなく遊び心)、「生きがい」(モノよりも生きがい)です。
特にアメリカでは、極めて分析的に社会生活を捉える思考やアプローチが体制を占めていました。MBAなどがそうです。高い教育を受けた情報処理技術者や専門知識を身につけた人など「ナレッジ・ワーカー」の時代でした。
しかし、私たちは今、新たな時代を迎えようとしています。その新しい時代を動かしていく力は、これまでとは違った新しい思考のアプローチであり、そこで重要になるのが「ハイコンセプト」「ハイタッチ」なのです。

著者は、読者に今の仕事をこのまま続けてよいかどうかのチェックポイントとして、次のように自ら問いかけようといいます。
1. 他の国なら、これをもっと安くやれるだろうか。
2. コンピュータなら、これをもっとうまく、早くやれるだろうか。
3. 自分の提供しているものは、この豊かな時代の中でも需要があるだろうか。

1と2の答えがYES、あるいは、3がNOなら、あなたが抱える問題は深刻ですよと。
今の時代を生き延びられるかどうかは、対価の安い海外のナレッジ・ワーカーや、高速処理のコンピュータにもできない仕事をやれるか、そして豊かな時代における非物質的で解しがたい潜在的欲求を満足させられるかどうかにかかっている。だから、もはやハイテクだけでは不十分なのだと。
大いに発展したハイテク力を、「ハイコンセプト」と「ハイタッチ」で補完する必要がある。ハイコンセプトとは、芸術的・感情的な美を創造する能力、パターンやチャンスを見出す能力、相手を満足する能力、見たところ関連性のないアイデアを組み合わせて斬新な新しいものを生み出す能力などである。ハイタッチとは、他人と共感する能力、人間関係の機微を感じ取れる能力、自分自身の中に歓びを見出し、他人にもその手助けをしてやれる能力、ありふれた日常生活の向こうに目的と意義を追求できる能力などである。

著者は、コンセプトの時代の幕は開きつつあり、生き延びるためには著者が説明したようなハイコンセプト、ハイタッチな能力を身につけなければならないことは明らかだといいます。

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2007年3月25日 (日)

これから何が起こるのか

「これから何が起こるのか」  田坂広志

先ず、言います。これは読むべき本です。田坂氏の本は、どれもいつも時代を正確に捉えていると思います。本書もIT革命やウェブ2.0革命によって世の中がどう変わり、我々はどう生きるのかを教えてくれます。
ウェブ2.0などのキャッチフレーズに踊らされず、その本質を説いていきます。

「情報革命」とは、「情報技術」の革命ではありません。「情報革命」とは「情報のあり方」の革命のことです。ウェブ2.0革命といわれているものは、先ず、情報革命を大きく進化させていきます。そして、その情報革命の進化は、次いで、「市場」「消費者」「企業」「ビジネス」「商品」「サービス」「戦略」「マネジメント」「知識」「資本」など「資本主義の基本要素」と呼ばれているものを、それぞれ進化させます。
しかも、資本主義が変わるだけでなく、「政治」「社会」「経済」「文化」のあり方そのものを根本的に変えていきます。
その結果、我々の「働き方」と「生き方」が変わります・

情報革命の本質とは何でしょうか。それは情報主権の移行のことです。それはこれまで世の中で「情報の主導権」を持たなかった「情報弱者」がその主導権を手にする「権力の移行」が起こっているのです。

ネット革命は社会の隅々で3つの革命を起こしています。
第1は、情報バリアフリー革命。これまで世の中に存在した様々な「情報のバリア」が壊され、誰でも手軽に、欲しい情報を入手できるようになる革命です。
第2は、草の根メディア革命。世の中には草の根メディアと呼ぶべきものが数多く生まれ、誰でも手軽に自分のメッセージを発信できるようになっていく革命です。(このブログもそのひとつでしょうか)
第3はナレッジ共有革命です。単なるデータのレベルの情報だけでなく、高度な「ナレッジ」(知識)レベルの情報が多くの人々の共有できるようになっていく革命です。

また、2000年頃から始まったブロードバンド革命はいかなる革命だったのでしょうか。それは3つの壁を打ち破りました。
上記で書いた3つの革命には大きな壁が存在していました、それをブロードバンド革命が打ち破ったのです。
第1が通信料金の壁です。常時接続と定額料金が当たり前になった今としてはわかりやすいでしょう。
第2が機器操作の壁です。ブロードバンド革命とともに普及した携帯電話やPDAなどの携帯端末が機器操作の壁を打ち壊しました。今やケータイからインターネットに接続するぞという意識は無いでしょう。
第3は文字情報の壁です。ナローバンドの時代は文字情報しか共有できませんでしたが、写真や画像などの情報はデータが重いため、自由に共有はできませんでしたが、今や、音楽や映像まで共有できています。
これらによって、ウェブ2.0革命への道が切り拓かれました。

では、ウェブ2.0革命は何をもたらすのでしょう。
まず、「衆知創発」への革命と進化しています。誰でも多くの人々の知恵を集め、新たな知恵の創発を促すことができるようになります。これには集合知への信頼があります。一人の専門家の知識より多くの人々の知恵を集める方が正しい答えに到達できるという考えです。昔から衆知を集めるという方法は誰もが納得する方法であったことは確かでしたが、その手段がウェブ2.0によって提供されたことになります。
また、ウェブ2.0革命は、主客融合の革命へと進化します。主客融合とは、生産者と消費者、企業と顧客、情報発信者と受信者が一体化し融合し区別がつかなくなっていくことです。草の根メディアが単なる情報発信から協働作業へと深まっていくからです。アルビン・トフラーが言っていたプロシューマ型開発が明確なビジネスモデルと進化してきました。
さらに、生産者主導から消費者主導へ、消費者中心への開発に変わって来ています。

さて、ナレッジ共有革命はウェブ2.0によってどう変化するのでしょう。
感性共有の革命へと進化しています。ウェブ2.0は単に数字や文字だけでなく、音声や音響、音楽、写真や映像、映画など感覚や感性に直接的に働きかける情報を簡単に共有できるようになります。ユー・チューブなどがいい例でしょう。著名な専門化ではなく、草の根の人々が表現者なのです。革命と呼ばれるのは、表現行為が無名な人々によって行われるようになっていることです。

ネット革命やウェブ2.0革命はアメリカ主導のように思えますが、世界の情報革命の主導権を握っていくのは日本だといいます。その鍵は「ユビキタス革命」です。ユビキタスも情報主権の革命です。
第1は、個人のユビキタス化です。最も身近な例がケータイです。電話帳、電子手帳、電子辞書、電子メール、電子マネー、クレジットカード、会員カード、音楽プレイヤー、GPS、バーコードリーダーなどマルチ情報端末になっています。
第2は商品のユビキタス化です、ICタグやQRコードで商品情報などが手に入るようになりました。
第3は、空間のユビキタス化です。その空間の中にいる人物の持つICカードやICタグなどと対話し、情報交換やサービス提供が行われます。
日本というのはユビキタス革命の中核的技術となる「携帯電話」「自動車」「家電」「ICタグ」においても世界をリードする技術力を持っているのです。それ以上に、ユビキタスに不可欠な「深い配慮」や「細やかな心配り」といった点でも世界に誇る文化力を持っているのです。

企業にとってはどんな戦略が必要になってくるのでしょうか。良い商品を作ることより、商品生態系の進化を意図的に作り出すことです。ベータがVHSに敗れた、マックがウィンドウズに破れたのは技術が劣っていたわけではありません。商品単品より、商品の生態系の作り方で負けたのです。現在iーPodは商品生態系をうまく作り出せたことで勝利を納めています。
ネットを使って商品の生態系を作り出す上で、重要な場があります。ネットの中の顧客の声が集まる場です。それらは企業のサイトやポータルサイトなど目に見えやすい場ですが、新たに目に見えにくいが影響力の強い場が現れています。それは「ブログスフィア」です。これはブログ圏と呼ばれるもので、無数の個人がトラバやコメントで結びついているものです。
企業は、目に見えない顧客コミュニティーに耳を傾ける必要があります。ブログウォッチングをすることです。これらは従来のアンケートやインタビューに比べて、バイアスのかからない正直な声が聞けるはずです。企業は、これらブログにより深く、耳を傾け、より立体的に顧客の姿を見る必要があります。

本書は、他にもマネジメントあり方の変化や、知識に対する変化、そして最後に、ウェブ2.0革命が、資本主義を日本型資本主義へと回帰させていく話がわかりやすく述べられています。

田坂氏の本はこれまでにも何冊か読んでいますが、時代を洞察する力が鋭く、本書も手元において、今を働く中で読み返してみたい本のひとつです。

これから何が起こるのか Book これから何が起こるのか

著者:田坂 広志
販売元:PHP研究所
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2007年3月24日 (土)

新型インフルエンザ

「新型インフルエンザ」 山本太郎

日本でも鳥インフルエンザの被害も出ていますし、アジアを中心に鳥インフルエンザが流行しています。鳥インフルエンザも、高病原性の型であり、いつ新型インフルエンザの変異し、世界中に猛威をふるうかは時間の問題といわれています。時間の問題というより、いつ新型インフルエンザが発生してもおかしくないという状況でしょう。

専門家によれば、一般的にそれまでヒト社会で流行したことがなく、それゆえに免疫を持たない新型インフルエンザがヒト社会に出現した場合、感染者数は天文学的な数字になるといわれています。世界人口の4分の1から半数程度が感染するといわれています。
スペイン風邪と呼ばれた1918年の新型インフルエンザの場合、当時、世界人口が18億人から20億人とも言われた人口を基に計算すれば、感染者数は4分の1としても4億5千万人から5億人。半数とすれば、9億から10億人ということになります。現在の人口に当てはめてみて、致死率を50%とすれば、予測死亡者数は、8億から16億人となります。
1918年は、死亡者数4000万人から5000万人とされていますが、これにはアフリカやインドの死亡者数が含まれておらず、これらの国々を考慮すると1億6千万人から3億2千万人は死んだと予測ができます。

新型インフルエンザは昔は40年から50年周期で発生していましたが、現在では、26年周期くらいに短くなっているそうです。これは世界人口の増加により、人口密集度の増加や食生活の近代化、家畜飼育の質的変化・量的増大といった要因が考えられます。

インフルエンザには、強毒型と弱毒型に分かれます。これまでは弱毒型が多く幸運だったのですが、今、鳥インフルエンザは、高病原性の強毒型のインフルエンザです。強毒型インフルエンザがヒトに感染した場合、どうような状況が現れるのか。そうした状況下では、ありとあらゆる臓器に障害が生じ、肺炎だけでなく、心筋炎や脳炎、あるいは激しい下痢症状が現れ、出血傾向を伴う多臓器不全が引き起こされることになります。これまでに私たちが経験したことのない通常のインフルエンザの概念を覆す「超インフルエンザ」となる可能性があるのです。

インフルエンザというと、つい冬の病気と考えがちですが、鳥インフルエンザが東南アジアからヨーロッパまであるように温度とはあまり関係がないようです。インフルエンザについてはまだ研究が進んでおらず、季節性のある温帯地域に比べ、熱帯地域ではピークを示すことなく、通年を通して穏やかに流行しているようです。

新型インフルエンザが発生した場合の経済に与える影響もばかになりません。
それより、どうしたら自分は感染しないようにするか。
マクロでは、発生地域を封鎖することが必要ですが、地域封鎖で他地域への感染は抑え切れません。流行の時間稼ぎをするだけです。

本書では細かな対策は載っていませんが、先日テレビでは、外出しないこと、そのために家に水や食料の備蓄をするように呼びかけていました。病院にいけば、連れて行った人まで感染することになりますし、薬は先ず、医療関係者が使うことになっていますので(こうしないと医者がインフルエンザで倒れると治療もできない)、国民全員に薬が回るとは限りません。
何より、国内での発生がわかった時点で、感染しないように、家に閉じこもるしかないでしょう。
企業も新型インフルエンザ対策を立てておかないと、企業活動が止まることになりますが、社員であるわが身を考えると、会社をクビになっても、出社拒否をして生き延びる方を選択したいです。もし、電車で会社に行ったら、インフルエンザウィルスに感染するでしょうから、妻や子供のことを考えると家には戻れないでしょうね。

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2007年3月21日 (水)

人口が世界を変える

「人口が変える社会」 日本経済新聞社編

日本では人口減少について多く語られますが、世界的に見て、人口問題はどうなのでしょう。多くの先進国では人口が減少していっています。
世界中を眺めて、人口の増減がどのように影響を及ぼすのかをわかりやすく示してくれるのが本書です。つい、自分たちの身の回り(中国や韓国くらい)しか議論に上りませんが、ヨーロッパや中東、アフリカなど、これからどうなるのか興味深い数字が多く登場します。

例えばEU。現在、EUではドイツが82百万人と最大ですが、早ければ2010年代には、総人口でトルコが抜いてしまうとのことです。将来、トルコがEUに加盟すれば、ドイツと並ぶ大国となり、イスラム教の国としてEUでの発言力が強まるはずです。
ポーランドでは、「頭脳流出(ブレイン・ドレイン)」が深刻な問題となっています。エンジニアなどの技術者や高学歴者が高い生活水準を求めて、英国やアイルランドに転出してしまいます。
受け入れ側では経済の活力が一層高まりますが、流出する方はたまりません。EUの仕組みでは、勝ち組と負け組みの差が一層広がってしまいます。
ところで、ポーランドは人材流出してどうなっていると思います?自国より賃金水準の低い隣国ウクライナから数十万単位の移民受け入れをしているそうです。

インドに目を向けてみましょう。
国連によると、インドの人口は2035年までに中国を抜き、世界最多に躍り出ます。2050年には15億人を超え、東南アジア諸国全体の人口にほぼ匹敵する規模になります。インドの人口ピラミッドはきれいに裾野の広がった三角形であり、若年労働者人口が2025年に5億5千万人に膨らみます。米国情報会議(NIC)の2005年報告では2020年までには、インドのGDPは欧州に匹敵する規模になるといいます。
人口増は1億6千万人のパキスタンや1億5千万人にせまるバングラデシュを含めて南アジアに共通する課題です。この地域の人口は2050年に24億人に膨れ上がり、世界の人口の4人に1人が南アジア人という時代が来ます。

BRICsに一角であるロシアの状況には興味をそそられます。ロシアは世界最大級の原油・天然ガスの輸出国として高い経済成長を遂げていますが、裏腹に貧困層も増加し、年間5万人の自殺者を出し、死亡率が上がるとともに出生率が下がる現象が起こっています。ロシアだけでなく、旧ソ連のウクライナやベラルーシも同様です。91年スラブ国家のロシア、ウクライナ、ベラルーシの人口は、91年のソ連崩壊からこれまでに1千万人少なくなっています。2050年までには、さらに5400万人(27%)減ると予想されています。極東やシベリア地区の過疎化が止まらず、中国人が流入しているそうです。世界の安全保障を考えると、ロシアの急激な衰退は世界全体のバランスを大きく崩しそうです。スラブ民族が消えるという話も冗談ではないくらいの危機です。

現在、経済で好調な中国はどうでしょう。人口増加に歯止めをかけるべく取られた一人っ子政策により、次世代に大きな不安要因を抱えています。年金制度がほとんどないまま、一気に少子高齢化社会を迎えるわけですから、経済面、社会面と大きな課題を抱え、経済成長もいつまでも続くとはいえない状況です。

ところで、世界人口は何人かわかりますか? 2006年10月13日、世界人口は65億5千万人を超えました。65億人に達した2月25日から約8ヶ月で5千万人増えています。1日あたり20万強です。国連では、2050年までに120億人に達する可能性があると指摘しています。日欧を中心に人口が減る中で、イスラム教徒が多数派を占める国では人口が増加しています。今後、20年で、世界人口に占めるイスラム教徒の割合は3割になる予想があります。

経済なども超長期で見ていくと、各国の人口動態をよく観察しておかないといけませんね。

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